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10話-シエラside

「初回の講義は数分後より開始となります。迅速な着席を願います」

昇降機から続く階段を三階まで上がった所でアンティートが言う。
教室に入ると皆早々に着席を済ませ、その視線を前方へと固定する。

アンティートが自らの小型端末を操作すると、前面のディスプレイに講義の概要が羅列される。

「本日は三つの事を学習します。ツェカーデ深部の振る舞いについて、亜質量材について、異系間ゲートウェイ操作について。
今回はいずれも極初期段階の知識のみの学習となりますので、理解が追いつかないといったような事は無いように思われます」

アンティートは一度、皆の顔をぐるりと見回す。

「では、講義を開始させて頂きます。ツェカーデ深部とは皆さんの体の内で、足部に該当する領域を示す言葉です。
体表から深い位置に存在し、非常に再生の遅い部位であることが知られています。

そして、ツェカーデ深部は非常に特異な性質を持っています。

一定以上の正の加速度を抵抗出来る。
また、負の加速度は如何なる場合も抵抗出来ない。

この二つとなります。

これを説明するにあたって、ある二つの物体とそれらに対して一切外力の働かない空間を想定します。
例えば、宇宙空間で私と、高速で移動する物体が衝突するとします。

この物体は私に比べて非常に大きな質量を持っています。通常、私がこの物体の進行を受け止める事は出来ません。
しかしツェカーデ深部の前述の作用、一定以上の正の加速度を抵抗出来る、を利用すればそれが可能となります。

なぜなら、物体と私が衝突した時に、私にかかる加速度をツェカーデ深部で以て抵抗する事が可能となるからです。
勿論宇宙空間ですから、地面に足を付ける事も出来なければ、何か他の大きな物体を支えにする事も出来ません。
しかし、私は自らよりも遙かに大きな質量を持った物体の進行を食い止める事が出来るのです。

空間というものにしがみつく事が出来る、と言えば分かり易いかもしれません。

これがツェカーデ深部における、一定以上の正の加速度を抵抗出来る、の意味となります。
続いて、負の加速度は如何なる場合も抵抗出来ない、について説明します。

負の加速度とはつまり減速です。同じように宇宙空間で、今度は私が物体に高速で衝突するとしましょう。
質量で負けている訳ですから、物体はほんの僅かだけ加速し、私は非常に大きな減速を受ける事になります。

もし私が減速を抵抗出来るとすれば、私の移動速度は殆ど変わらずに、質量体を大きく加速させる事が出来るという事になります。
しかし、実際は負の加速度は如何なる場合も抵抗出来ない、のでそれは不可能です。

非常に簡単に表せば、何かに追突される際には自らの質量を超えた振る舞いを起こす事が可能であるが、追突する際には自らの質量に則った結果しか残せない、と言えるでしょう。

また、一定の加速度、というのは個人においてその判定が一定であるという意味であり、多くの生物でそれが共通しているという訳ではありません。
また同種族間でも小さくない個体差が存在します。よって一律にこれ以上の加速度でと表す事は出来ません。

ただ共通して言えるのは、その値はいずれも非常に大きく、例えば自由落下程度の加速度ではツェカーデ深部の効力を作用させる事は出来ないという事です。

これらの理由からツェカーデ深部を使いこなすと言う事は戦闘において非常に大きなアドバンテージを持ちます。

まず水平方向への急加速が可能になると言う事です。
通常、二足歩行という制約上、水平方向への加速は進行方向に対して垂直な足場が存在しない限りは限度が存在します。

しかし、脚部を急激に伸長させる事で足部、つまりツェカーデ深部に急な加速度をかけ、その抵抗を足場にする事で水平方向への急激な加速を得る事が可能となります。
また、同じ理由で中空での三次元移動も可能となるのです。

相手の攻撃を受け止める際にもツェカーデ深部の抵抗が必要不可欠となります。
また大質量の武器を使用する際にも慣性の差により、自らが振り回される事を防止すると言った役割も持ちます。

しかし、一歩間違えれば自らの体に致命的な損傷を与える事もあります。
例えば前述の方法で急な加速度を得たとして、直後、足部には反対方向の加速度が掛かります。
この時にツェカーデ深部の効力を有効にしたままでいると、脚部には非常に大きな張力が働いてしまう事になります。

この世界では脚部の消失は容易に形状変数の許容変化量を超過させてしまいますので、状態記述領域の消失、つまりは死亡を引き起こします。
ごく短時間の間に複雑な操作が求められますので、技術の習得には非常に多くのコストが掛けられます。

しかしツェカーデ深部の戦闘への応用は非常に多岐に渡り、技術を習得した際の生存率は飛躍的に上昇します。
基礎戦闘学、第四項では主にツェカーデ深部の使用方法を学習します。

では次に、亜質量材についての説明に移りたいと思います。

同じ質量を持った物体が二つあったとして、双方の素材が違った場合に、それらはエルレライにおいて異なる重量を示す場合があります。
質量とエルレライにおける重量との間に、素材という変数が介入すると表現してもいいかもしれません。

手に持った時に感じる下方向の負荷、つまりは重量です、たとえそれが然程重たい物体では無くても、実際に振り回してみれば非常に重たい慣性を感じるという事があります。
この時に、この物体を形作っている素材、材質、原料を亜質量材と呼びます。

特に武具を形成する際の原料として重宝されており、それにより作成された武器は非常に大きな運動エネルギーを発揮する事が可能です。

また、ある特定のソエマ理想形で物体を造形した場合に、それが本来の質量よりも重い、或いは軽い重量となる場合もございますが、この場合にこの物体の構成材を亜質量材とは呼びません。
質量と重量の関係乖離において、造形に起因するものと素材由来のものとでは分けて考えられています。

基礎戦闘学六項の修学を終えた段階で軍機造形学の授業の一環として、自らの武器を作成するというものがございます。
その際には只今の知識の、より体系的な内容の理解が課せられます。

では、最後に異系間ゲートウェイ操作について説明して行きたいと思います。
この説明が終わりましたら質疑応答、実演、実行の時間を設けます。

我々は無秩序錯綜さくそう能と指向性統合能と絶対的存在の連続体、この三つの存在から成り立っています。
これらの総称が系、又はソエマと呼ばれています。

無秩序錯綜能とは真のランダムを生み出すことの出来る存在です。あらゆる可能性を持ち、生命の根幹であるとされています。
指向性統合能とは、あらゆる可能性をある一つの方向へと導く働きを持っています。こちらは意思と表現されることが多いです。
絶対的存在の連続体とは、我々が普段より感じている色や匂い、感情や意思といったもの、つまりクオリアです。

我々は自我、或いは主観というものを持ちますから、どうしても存在というものを相対的に考えてしまいます。
何かと区別をする事でそこに存在を見いだす事が出来るのだと。何かが在ればそれを感じている何者かがいるのだと。

しかし存在というのは元来絶対的なものです。そこに誰かの認識という前提を必要としません。
絶対的存在は認識や自我というものに依存する事なく、そこに在る事が出来るのです。

色も香りも、感情も意思も、それを感じている何者かを持ち出す必要は全くございません。
それらはあなたという世界の内にただ唯一無二として、絶対的に存在するものです。

そして、我々を構成する要素である存在には濃度と呼ばれるものが御座います。
存在の確かさと言い換えれば分かり易いかもしれません。

また、非常に強引ではありますが、これは我々の生命の確かさ、転じて体の強度と置き換えるも出来ます。

より確かな存在、生命、体で以て相手の体、生命、存在を上書きする行為がこの世界における通常の攻撃と呼べるものです。
これを行うにあたり、自らの存在の濃度が高い事が前提となります。

しかし、濃度の弱い、つまり体の弱い者にとってはこの手段を真似る事も、勿論耐える事も叶いません。
そういった者が、他者に対して攻撃という手段を取る他無くなった場合に、異系間ゲートウェイ操作で以てそれを達成する事が可能となります。

こちらは前述の所謂、通常手法の攻撃とは異なり、自らの存在の確かさを前提としません。

本来排他的である他のソエマの内、極めて希な共存可能なソエマ、調和ソエマと呼ばれますが、これの持つ存在を借用する事で対象の存在を上書きする一連の手法を異系間ゲートウェイ操作と呼ぶのです。
こちらは指向性統合能の随意操作、つまり情報処理によりその効果の是非を決定する事が可能です。

具体的な手順としましては、調和ソエマの無秩序錯綜能と指向性統合能からもたらされる、あるパターンをこちらの指向性統合能で以て模倣し、可能な限り自らのソエマと近づけた上で、その存在を私用します。

調和ソエマもそれ一つが概念であり学問でもあり、また一つの世界でもありますから、その有する情報量は決して小さなものではありません。
一般的にですが、より多くの情報を有するソエマはそれに比例した存在の確かさを持ちます。

パターンの観測、模倣、出力にはその安定性から数理モデルでの制定が多く用いられます。
調和ソエマにより異なるので、一様にこうであるとは言えませんが、例として一定の理で相互干渉を起こす複数の球体モデル等がございます。

この場合も通常は断続領域や境界条件を用いる事で情報量の圧縮が行われます。
それらを自らの内に存在する概念に近似させ、それらの数列をアウトプットする事で調和ソエマとの接続、及び使役の準備が完了します。

しかし処理を違える、或いは過度の圧縮により、双方の相違が肥大化した場合には、良くて接続の解除、程度が酷い場合には調和ソエマからの存在の上書きが引き起こされます。
自らの処理能力を超えた調和ソエマとの同調は安易に命を落とす切っ掛けとなりますので、調和ソエマの選択は非常に慎重に行う必要があります。

ある者にとっての調和ソエマは、その者が有する武器としての体裁である事が大半です。

今し方説明しました二つの攻撃方法は、武器の用途に格別がございます。
通常攻撃が自らの存在による与上書きを助長させる事を目的としているのに比べて、異系間ゲートウェイ操作は武器による与上書きを如何にして引き起こすかと言う事が重要になります。
異系間ゲートウェイ操作の、双方の関係という事だけに焦点を当てれば、武器にある種のエネルギーを送る事で武器が自らの効果を発揮する事が出来る、と言い換えても差し支え無いでしょう。

異系間ゲートウェイ操作の内でどのようなモデルであれ、情報処理というものが必要になりますが、これは衛生主観で行える程軽いものではございません。
それを達成する為には自らを、ソエマを、並列処理に適した状態へと移行させる事が必須となります。

その際に無秩序錯綜能に指向性統合能を接近させると言う事が必要となりますが、これはある種の指向性とも言える自我の確かさが消失へ近づく事を意味しています。
この行為を深部回帰と呼びますが、これは我々生命にとって決して良い状態であるとは言えません。

しかしその反面、純粋な可能性へと遡行したとある存在は、時に複数の状態を作り出す事が可能となります。
あらゆる可能性を同時に有していると言い換えても差し支え無いでしょう。

そうなったソエマはより本質的な並列処理が可能となり、普段の状態、衛生主観と呼びますが、これを遙かに凌駕した情報処理能力を発揮する事が可能となります。
ここで留意すべき事として、自らを並列化するのでは無く、あくまでも自らの内にそのような並列化された領域を作るという事です。

その区分けを違えると、自己分裂という現象が引き起こされ、その競合により一つの纏まった判断を下す事が不可能となるからです。
自らの中に高度な情報処理装置を作り出すと言えば分かり易いでしょうか。それはあくまでも自分ではないと言う事が大切になります。

こちらもまた、程度を違えれば自らの生命を優に脅かす非常に危険な手法であります。
よってライセンスの習得も、その危険度に応じた難易度となりますので、早期の修得を望むのであれば授業外の学習は必須となります。

存在の干渉を決定づける要因は、認識界では距離と呼ばれますが、その実態についてはこの講義では触れません。

説明はここで終了とさせて頂きます。
では、これより質疑応答の時間に移ります。質問のある方は挙手をお願いします」

 

 

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