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12話-リリアside

「あら、やっと起きた」

バックミラー越しにレイスと目が合う。
車窓は薄いシェードに覆われ、外の景色はうっすらとしか見えない。

「リリアおはよう」

隣から私の膝に乗せられる姉の右手。
同じ言葉を姉に返す。

「不思議なものだな。起きるタイミングも似通うものなのか、双子というものは」

ミラの声である。

「ごめんね、二人とも全然起きないものだから、ベッドから勝手に運ばせて貰ったよ」

「そうしてくれて助かった。私たちは一度眠ったら外部からの刺激に対して極端に鈍くなってしまうの。
出発してからどれくらいの時間が経った?」

私は尋ねる。

「二時間くらいかな、もう目的地はすぐそこだよ。
シェードを下げても大丈夫かな?」

私は大丈夫だと答える。

レイスの操作によりシェードが下げられる。その先に広がるのは海洋。
しかし遙か遠方にブロックを区切る壁がうっすらと視認出来た為にそれは誤りだと気づく。
遠く上方には天井も確認できる。

中腰に立ち上がり、運転席と助手席の背もたれの隙間から前を見てみる。
前方にそびえるのはハノイの塔か、またはウェディングケーキによく似た巨大な建造物。

「ここは?」

私は尋ねる。

「水質保全都市、ダグラスメイフだよ。これから会いに行くシェダーシューンが管理者をしている。
少し窓を開けようか」

レイスは車の速度を下げ、それから窓を開ける。
心配になり後ろを振り返るが、どうやら後続車はいないようである。

車内に吹き込んだ風が乱暴に暴れて、それから反対側の窓へと抜けて行く。
姉の毛先が何度か頬を叩く。

風切り音に混じって聞こえるのは波の音だろうか。
風圧の為に少しだけ呼吸がしにくい。

「あれは何?」

姉が尋ねる。

「あの球状の物体かい?」

ミラが返す。

「そう」

「ここも一応は王国船内だからね。まったくの無振動という訳にはいかないんだよ。
どうしたって波が立つ。それをあの装置で消しているんだよ」

目前にあるルビアの横顔、その視線の先では巨大な球状の物体が、不自然に浮き沈みを繰り返している。
発生してしまった波に対して逆位相の人工波を発生させているのだろう。

「あの渦は?」

今度は私が尋ねる。

「あれは攪拌かくはん機構だよ。あの真下で大きなプロペラがグルグルと回転しているんだ」

レイスが答える。

「ここは貯水施設のようなもの?」

続けて尋ねる。

「そうだよ。我が王国船ベルセリカは年に一度、海洋に接近して巨大な取水管を下ろして大量の水を吸い上げるんだ。
その水を貯めておくブロックが幾つか存在するんだけど、その中でも特に大きな三つの内の一つがここだよ。
加えてここはその立地上、交通の中継都市としての役割も持っているんだ」

「確かに、こんなに大きな道路は初めて見る」

レイスの車が行く道路は、進行方向の左側に更に五つの車線が存在する。
中央分離帯の向こうにも同数の車線が存在するのだろう。
合計で十二本もの車線があるという事になる。

前方の建物には、この道路の他にも左右から一本ずつ大型の道路が接続されている。
ここからでは確認出来ないが、後方にも接続があるのだろう。

「交通量はそこまで多くないように見えるけど」

姉が言う。

「この時間にこっち方面の道路はあまり混まないんだよ。あと一時間もすればごった返るけどね。
さて、そろそろスピードを上げるから、窓を閉めるよ」

レイスはバックミラーで後席を一瞥し、ウィンドウを閉める。
数秒後、車速が上がり、シートと背中の間で加速度を感じる。

前方に見える塔との距離は、そのスケールの為に明確には分からない。
だがこの車が現在もの凄い速度で飛翔しているのは確かである。

突如、視界下方に見えていた水面が姿を消す。

代わりに現れたのは広大なガラス板、その下に広がる重厚な建造物群。
先程から見えていた前方の塔は都市の全貌では無かったようである。

敷地は逆角錐状に窪み、その殆どが水面下に存在している。
ガラス層はちょっとした水位の変化による浸水を防ぐ目的があるのだろう。

無限軌道の運搬車が見える、複雑な動きをするクレーンが見える、四脚二腕の作業機械が見える。
そのどれもが非常に大きな個体を持っている。

レイスの車はそのまま走り抜ける。

やがて大型航空機でも通過が可能な程に大きなゲートを潜り、建物内部へと侵入する。
それから緩やかな右折を経て、更に本数の多い道路に合流する。

目の前の、運転席の背もたれ後方に設置されたモニターに道路の詳細情報が表示される。
この道路は塔内部を円周に沿って一周するように敷かれているらしい。

全体図を見るに環状ではあるのだが、ここからの目視では曲線を知覚出来ない。
塔に向かって伸びていた計四本の道路は、全てこの環状道路に接続されている。

レイスは左へと車線変更して行き、やがて現れた分岐路に入る。
モニターを確認するに、この道は塔の上部へと続くものである。

道は途中より勾配を帯びて、レイスの車はどんどんと高度を上げてゆく。

それから暫くして後、上り坂が途絶え、景色が開ける。
遠く下方に見えるのは水面。

景色から推測するに、ここは塔一段目の平面部分に該当する場所だろう。
多くの車が停車している事から、駐車場なのだと分かる。

レイスは円環状の駐車場を柵際外縁に沿って数分徐行した後、金属壁で隔離された四方二十メートル程のエリアの、その入り口だと思われる小ぶりなゲートの前で車を停止させる。
数秒後、目前を塞いでいたゲートが立ち上がると、レイスは先へと進む。

そこには停車の目安となる白線が敷かれてない。また、柵の作りが大分華奢になっている。
停車している車は三台程で、ゲートを後方にして右奥には直方体の突起物。

レイスはその突起物の近辺に車を止める。
直方体の正面には片開きの扉。

車のドア四枚が無音で開く。レイスが操作をしたのだろう。
体を横に向け、地面に足を付け、それから体重を掛ける、が思うように力が入らず立ち上がる事は出来ない。
長時間同じ姿勢を保持していたからであろう。

そんな様子を見ていたレイスとミラが私たちを支えてくれる。

「どう、気持ちのよい場所でしょう」

私の肩を支えながらレイスが言う。

「そうだね」

私は答える。

確かに、眼前下方には開放的な水上が広がり、また、始終心地のよい風が吹いている。
ここは、ブロック一つぶんの大きさをそのまま知覚できる希有な場所でもあるのだろう。

数分後、体が平時の感覚を取り戻すと、皆でドアへと歩く。
レイスが扉左方の機械にカードを読み込ませ、入り口を開ける。

その先には短い通路と下りの階段、幅が狭いので自然と一列に並ぶ。
天井には通路と平行に伸びる帯状の照明、壁の材質は白色でガラス質の何か。

通路を行き、十メートル程の階段を下り、再び細長い通路を進む。
先方に見えるのは、強い銀光沢を持った、恐らくは両開きの扉。

直前まで移動する。扉上方、横長のプレートには三軸移床機との刻字。
レイスが右の壁に埋め込まれたパネルを操作すると、扉は中央を境にしてスライドするように開く。

内部は一辺が三メートル程の正方形。扉向かいの壁際にはソファが設置されている。
レイスが内部のコンソールを操作すると、扉が閉まり、直後に横方向への僅かな慣性を感じる。

「これは何?」

姉が尋ねる。

三軸移床機さんじくいしょうきと言ってね、左右方向にも動けるエレベーターを私たちはそう呼ぶんだよ。
これでシェダーシューンの自宅でもある塔最上階まで直接向かう事が出来る。
他の社員と同じ出入り口を使うのがどうにも気に食わなかったらしくて、それでわざわざこんなものを作ったんだ」

レイスが言ってから笑う。

「それなら、一応座っておこう」

姉はそう言ってソファに腰掛け、それから私の腕を引っ張り自らの隣に座らせる。

「レイス、双領域中間体が完成した」

ミラが言う。

「ありがとう。それがそう?」

レイスが示しているのは、ミラが右手に持つブリーフケース。

ミラは首を縦に振ると、私たちの眼前に立ち、目線の高さでそれを開いて見せる。

中のクッションに埋もれているのは、私たちの手首に合わせて作られたであろう二つのリング。
姉がそれを、同形に窪んだクッションから取り出し、一つを私に手渡す。

素材は白金によく似た金属。重さは中空でないのであれば、非常に軽量である。
幅は四センチ程で厚さは一センチ程。表面の一部が円形に窪んでおり、その内にはガラス質の円盤が固定されている。

「内部に接点構造が仕込んである。輪を左右へ開くようにして力を加えてみてくれ」

ミラの指示に従うと、リングは一部を起点に左右へと開く。
私は右手首を、姉は左手首をその内周にあてがい、割れた左右の弧を挟むようにして閉じる。

「そいつは径の小さな筒と大きな筒の二重構造になっている。
外側の筒が回転する筈だから、ガラスの埋め込まれた窪みが掌側へ来るように調節して、それから手を繋ぐんだ」

ミラの指示通りに行動する。
近接した双方の窪みから微光が漏れた直後、その間を歪曲したレーザー光のようなものが走る。
その光線は、まるで結晶の成形を早回しで見るように、幾つもの長円が繋がった連環構造へと姿を変える。

出来上がった鎖の太さは、丁度私の小指ほど。
手で触れてみる。温度、硬度、表面の手触りは金属のそれであるが、重量だけはリングと同じようにやたらと軽い。

「その鎖は互いの距離に合わせて最大で五メートルまで、随時伸縮を調整してくれる。強い負荷が掛かると自動的に接続は解除される。
機能性エネルギー固体というもので作ってあり、これは体積という制約を非常に限定的な条件の下で大幅に緩和する事が出来る。
詳しく知りたければ今度私の家にくるといい。

排出口は自動で理想的な位置へと回転し、手を繋いでいれば外部から鎖は殆ど見えない。
もう少し近寄るんだ。肘が接触する位まで近づいて、上腕を重ねるように手を繋げば鎖は完全に格納される」

その通りにする。また、握手をするように繋ぐのではなく、指を絡ませるように繋ぐ。
こうする事でより手首が同一線上に重なる。

「完璧じゃないか。これなら周りから奇怪の目を向けられる事もない。ミラ、感謝する」

レイスが言う。

「触媒の交換手順を含めた詳しい仕様は後で自宅へ送っておく」

ミラが言う。

ふと目線を下ろすと、自らの右腕を囲む銀色の曲面が歪んだ景色を写し出していた。

 

 

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