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13話-リリアside

五分程前に発生した負の加速度が完全に消失する。
短い電子音が鳴り、移床機の扉が開く。

「ああ、ようやくのご対面だね。リリア、ルビア、話には聞いてるよ」

真っ黒なパイルのガウンを身に纏い、ベッドの縁に腰掛けた女性が、上体を此方に捻りながら言う。
毛先の跳ねた金色の頭髪は半ば濡れている。

女性は立ち上がると、此方に向かって歩いてくる。

「私がシェダーシューンだ。以後宜しく」

私たちの目前で女性は言う。

歳は十代後半といった所だろうか。レイスやミラよりは年下だと思われる。
僅かにつり上がった目元と、顎先程で切られた髪とで活動的な印象を受ける。

「二人とも聞いたよ。異系間ゲートウェイの使い方、二週間で覚えたんだって?
前の世界で君達が学んでいた事と、そんなに良く親和した?

あっ、それ、双領域中間体でしょう。上手いこと作ったもんだね、全然目立たないじゃない」

女性はこちらの返答を待つ事をせず、自ら話題を切り替える。
それから私の手を取り、双領域中間体を間近で観察する。

「レイスの話した通りだ、容姿から窺える年齢と頭身とが釣り合っていない。
素敵に現実離れしている」

女性の視線は瞬きの直後、私の顔へと向けられる。

「私が苦手?」

女性が悪戯な笑みを浮かべる。

「そうでもなさそうだね。現状に対して特に対応をする必要性を感じていないみたいだ」

女性はやはり、此方の返答を待たずに言う。

「私もね、このような振る舞いが他者からどう映るのかを良く理解している。
けれども、私の地位はそんなことで揺らぐほど低くはない。王属というのはそういうものだ」

姉は、複雑怪奇な幾何学模様でも見るような表情で女性を見ている。
私も同じような顔をしているのだろうか。

「よし、早速だけど本来の目的を果たすとしよう。衣装カーゴを上げてくれ」

シェダーシューンが言うと、床の一部がゆっくりと垂直に持ち上がり、やがて天井まで達する。
格納式のクロゼットといった所だろうか。側面には様々な衣装が掛けられている。

「二人ともこっちへおいで」

シェダーシューンが言う。

クロゼットの裏手に回ると、そこはコの字型に窪んでおり、その内部には三面の全身鏡と、数多のセルを有するアクセサリーケースが設置されていた。
シェダーシューンに続き、私達もそこへと進む。また、レイスとミラも入ってくる。この空間は五人でも窮屈を感じさせない広さがあった。

「さて、ここまで費用対効果の悪い衣装を製作した経験は初めてだよ。なんせ訓練兵レベルの防御性能にもかかわらず、掛けたコストは従王軍の物にも勝るとも劣らない。
でも、ミラが提示した条件はキッチリと満たしてある。節度を弁えさえすれば二人を十分に守ってくれるだろう」

シェダーシューンはそう言って、左方上部に取り付けられたカーテンを捲って見せる。
中には丈の長い衣類が二着掛けられている。シェダーシューンがそれを取り出し、私たちに手渡す。

「内包した調和ソエマは打ち合わせ時の候補に出た通りにラプツァニカだ。
素材もアーマーベイ最深部から発掘されたラプツァニカの黒翼を使用している」

それは黒一色のワンピース。
腰部に巻かれた布と、その背部に付けられた大きなリボンが唯一の装飾である。

また、広めに空いた首元から、自然に広がったスカートの裾までが一貫してシームレスである。
素材はビロードかそれに近い何かだろう。衣類の起伏に沿って、ささやかな光沢を作り出している。

「さっそく着てみようか。二人とも自分一人じゃ着替えられないんだろう?
私が手伝ってあげる」

シェダーシューンに手伝って貰い、着替えを終える。
それは体の何処を締め付けるでもなく、また肌触りも非常に柔らかい。

僅かに末の広がった長めの袖は、左手首の双領域中間体を上手に隠してくれる。

「素晴らしいね、想像以上だ。このまま君達を部屋に飾っておきたい位だよ。
後は下着と、それから私用に使える服をもう何着かプレゼンとしよう。

だけど、まぁ安全が保証されている所以外では基本的にそれを着用する事をお勧めする。
装飾品も気に入ったのがあればここから持っていってもかまわないよ。

お洒落というものは、身の丈に合った程度であればそれに必要なコストよりも得られるもの方が大きいものなんだ。
二人とも覚えておくといいよ」

シェダーシューンは言ってから笑う。

「さて、次は武器についてだけども。実は今回は防具と一体で設計してある。
腰に巻かれたリボンがそうだ。詳しい説明は場所を変えて実行を交えながらにしよう。
さっき君達が乗ってきた移床機で私の実験施設に行こう」

シェダーシューンは言い終わると同時に、ガウンを脱ぐと、クロゼットから幾つかの服を取り出し着替える。
それから私たちは、先程も乗った移床機に再び乗り込み、真下に在るという実験室へと向かう。

数分の降下が終了し、移床機の扉が開く。

目前に現れたのは、私たちを取り囲む巨大な円筒の空間。それが三百メートル程奥まで続いている。
直径では五十メートルといった所だろうか。

また、足場はその空間の丁度円心部に迫り出すように存在している。
手すりから下方を眺めて見れば、やはり二十五メートル程下に空間の最低部を確認出来た。

「ここは主に推進剤の噴出実験と兵器の試射に使用している場所なんだ。
私には沢山の副業があるから、その分実験場や研究室も沢山持っている」

シェダーシューンは言いながら、コンソールを操作する。

突如、円筒空間の側部、左右に最も膨らんだ箇所から水流が発生する。それは壁面の傾斜に沿って中央に達し、一本の水たまりを発生させる。
やがて、こちら方向への水流が生まれる。シェダーシューンが円筒に傾斜を発生させたのだろう。

設備を洗浄する為の機構だろうか。水は十分程で消失する。

「さて、この場所は分厚い重材が周囲を囲み、奥には何十層もの耐熱緩衝材が重ねてある訳だけども、それでも一応全力での試用は控えて欲しいんだ。
理論上は君達とその兵装の最大出力ならば、緩衝材を全て融解させてしまうだけのエネルギーある」

シェダーシューンの言葉に、私と姉は揃って首を縦に振る。

「そうしたら、これより試射を始めよう」

シェダーシューンが言うと、私たちの背後から大量の空気が押し寄せ、奥へと抜けてゆく。
連続して続くそれは、爆風や粉塵等から射手を保護する為のものだろう。

「まずは起動をさせる必要がある。インターフェースには内言語コマンドライン及び表象を利用する。
この紙の一番上の文字を心の中で読み上げてみてくれ」

シェダーシューンに一枚の紙を手渡される。紙面にはcallコール rapuzanicaラプツァニカの文字。
私はそれをそのまま黙読する。

途端、視界左端に現れる文字列。それらはもの凄い早さでスクロールすると、最後尾でrapuzanicaの文字が点滅する。
プロンプトだろうか。

「今、二人の視界内ではrapuzanicaラプツァニカ、つまり兵装の固有名詞が点滅している筈だ。
それはラプツァニカが命令を受け入れる準備を整えた事を意味している。

次に入力するのは、どのプリセットで起動するか、の選択になる。
渡した紙の次の列の、unlimitedアンリミテッドsecurityセキュリティpersonalパーソナル、がそうだ。
これは情報処理負荷の降順で並んでいる。今回はsecurityを入力して欲しい。activateアクティベイト securityで起動が完了する」

activate securityを入力する。再び視界内の文字列がスクロールし、プロンプトが点滅する。

「さて、そろそろラプツァニカの片翼の成形が始まる。二人とも向き合って、互いに観察するといい」

シェダーシューンが言う。私たちは言う通りにする。

姉の腰部のリボンが解け、その先端がひらひらと中空を舞う。
次いで、その先端より液化して、金属光沢を帯びる。

原型を失ったそれは姉の左上方へと、まるで斜面に零した液体のように展開し、それから複雑な造形を成す。

その全形を既存の物で例えるならば翼だろうか。腰部より伸びた支柱の先に、機械時計のような煩雑さを呈した円盤。
その円盤より、真横へ幾つか延びるスポークのような棒と、その先端に付けられた横長六角形の薄い金属板。

自らの右側には、姉のものと同じ構造体が確認できる。

「展開にはある程度の時間が必要だ。これでもかなり早い方だとは思うけどね。
ラプツァニカの黒翼と呼ばれてはいるけれど、それの正体は液体コンピューターだ。

それぞれの微細演算単位が配列崩壊、再結合をサイクルする事で様々な造形を成す事が出来る。
高度な情報処理能力を持ち、また、現行のあらゆるハードに対して高い拡張性を持つ。

ただ、形成時の速度と体積には制限が存在し、勿論近接武器に対して形状変数を上書きする事も出来ない。
近接武器の外見を真似る事は出来るが、その用途まで再現する事は不可能だ。

つまりは、それを近接戦闘に用いる事は出来ない。
交戦距離が常に一定以上を保つ作戦行動を心がけなくてはいけない。

後は副視界のレティクルを目標に重ねて、同じく副視界上にある射撃サークルを随意操作で回転させれば対象に攻撃を加える事が出来る。
今回はマニュアルでの射撃だけども、複数の観測子機とリンクをする事で射撃統合システムを利用した攻撃を行う事も出来る。

さぁ、奥の緩衝材の丁度中央に赤い光源を出現させた。あれに向かって実際に撃ってみようか。
じゃあ、お姉ちゃんから」

確かに、最奥部にはこの位置からでもはっきりと視認可能な光源が設置されている。
私たちはシェダーシューンに促され、足場の凸部に移動する。

姉がこちらを見る。私たちは数秒見つめ合う。
意を決した姉は前方に視線を向けると、自らの左腕部を右手で握る。

姉の背部、翼先端の六角板全てがまるでネムリグサのように後方へと倒れる。
途端、実験場奥部からの轟音と閃光。金属の酸化還元反応にも劣らないその光量に思わず目を背けてしまう。
足下に伝わるのは微震。

翼部中央の円盤、その中心にはめ込まれた硝子球から真っ直ぐに照射された何かを一瞬だけ視認する事が出来た。
それは拳大程の直径を持った無色透明であり、まるで何かの液体のように透過した景色を歪ませていた。

「あら、奥の耐熱緩衝材、三層を残して全滅だ。こんなちゃちな実験場じゃ無理か。
生命が絡む実験はどうも予想が立てづらい」

シェダーシューンが呟く。

また、圧縮空気が狭窄部から抜け出すような音と共に、姉背部の六角板から光沢を持った黒色の物質が放出される。
それは小ぶりの花弁程の大きさであり、薄く、中空をひらひらと舞ってからまるで昇華するように消える。

「その羽はヒートシンクのようなものでね。熱では無いんだけども、さっきのを打つ度に溜まるエネルギーを捨てる役割を持つ。
それを迎撃に転用する事も可能だ。故意に余剰エネルギーを生成し、それを強制排出する。指向性が弱いから射程は短いんだけども、後方全域を広くカバーする事が出来る。
敵、或いは飛翔体接近時の緊急措置だと思ってくれれば良い。

上に五つ付いてるそれは、中距離用の迎撃システムだよ。さっきよりも威力の弱い指向性エネルギーを自動で補足した対象に照射してくれる。
規模を抑えた攻撃を行いたい時にも有効だね」

シェダーシューンが示すのは、翼上部にある弧状の金属パーツ、そこに等間隔で固定された五つの正八面体。

「だから、ラプツァニカが有する武装は全部で三つだ。内二つはアクティブ防御システムとしての毛色が強いけどね。
兎にも角にも近づかせない事が一番大切だ。いや、それ以前に居場所を悟られないこと。

まぁ、どこに行くにしてもレイスかミラが一緒だろうから、立ち回りに関しては二人から良く学ぶといい。
ここへ学びに来るのも大歓迎だよ」

シェダーシューンが言う。

「これは、自分で浮いているの?」

姉が尋ねる。

「そうだよ。君達の積載量を条件にしてしまえば、おもちゃみたいな武器しか作れないからね。
質量も感じないだろう。君達の動きに合わせてそいつも自分で動くように設計してあるんだ。
ある程度訓練を積んだ兵士の動きにぴったりと追従する事は難しくても、君達程度であれば些細な装置でもそれを実現する事が出来る」

それを聞いたレイスが後ろで笑っている。

「さて、そうしたら奥の緩衝材を取り替えて、残り二つの武装も試してみるとしよう。
それが終わればもっと詳しいシステムの説明だ。今日一日で少なくとも二人の足手まといにはならない程度に仕上げないと」

シェダーシューンがコンソールを操作しながら、背を向けて話す。
緩衝材を消火する際に生じた大量の水蒸気と、実験場を流れる保護気流の拮抗が、気味の悪い音を実験場内部に響かせていた。

 

 

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