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14話-シエラside

「今日から船内急襲作戦分隊の訓練が始まる。今と同じ時間に、この場所、つまりお前達の家を集合場所にしたい。
異論があれば言ってくれ。無ければこのまま続ける」

ゼンハードが欠伸を交えながら話す。時刻は七時丁度。外から聞こえるのはやたらと甲高い何かの鳴き声。
その独特のリズムが半覚醒の意識の中に鋭角の起伏を作り出す。

「多くの場合で、前半に座学をやり、後半で実技を行う事になる。
今日は四つの予定を消化する。前半には異系間ゲートウェイ操作の導入と軍装の配布。
後半には、ツェカーデ深部の到達度確認と、配布した軍装の簡単な説明を行う」

皆の返答を確認したゼンハードは、自らの前に置かれたコーヒーを飲み干す。
ハレが新たにコーヒーを注ごうとするが、それを手で制し、短く礼を述べる。

「異系間ゲートウェイ操作はツェカーデ深部に比べて、とりあえず使えるようなるまでが非常に長い。
その理由の一つとして、副視界の獲得がお前達にとって非常に難易度の高いものになるからだ。

お前達が普段目にしている視界は主視界、或いは受動的描出領域なんて呼ばれる。
それとは別に副視界と呼ばれるものがある。自らの思い描いたものをそのまま視認出来る特性から能動的描出領域とも呼ばれている。

注意して欲しいのが、これらの描出領域は全くの別物であり、互いに干渉しないという事だ。
例えば、ある一つのモニターに二つの画像を映し出すのではなく、モニターもそれに対する入力もそれぞれ別に存在すると理解すればいい。

副視界を獲得するにあたって、視点感と呼ばれるものを払拭する必要が出てくる。
視点とは、お前達の視野の中で特に解像度の高い領域を示す言葉だ。

お前達はこの視点を、ハード的制限がない筈の心象領域においても無意識に適応してしまうんだ。これを視点感と言う。
視点感により、ハードに依存する主視界を上回るリソースを持つ筈の副視界において、その処理能力を大幅に落としてしまっている。

視点感を払拭する為の極初期段階での訓練は、周辺視での対象の観察になる。
地球人であった頃であれば、目の性能限界からその訓練は無意味であったかもしれないが、この世界ではそうじゃない。
もはや成長とは呼べない進化的な変化も、こちらの世界でなら一個体で成す事が可能だ。勿論それ相応の訓練は必要になる。

副視界に生じる表象は、ある別の純存在にシンボルとして接近する際に最も効率のよい手法となる。
より自由度の高い副視界と、深部回帰を合わせれば自らの内に膨大なリソースを有した基界を作り上げる事が可能だ。

基界とは、ある一定の理が埋め込まれる前の、言えば世界の原型だ。
そこに調和ソエマからの情報が入力される事によって、整合虚理セイゴウキョリと呼ばれるものが誕生する。

整合虚理とは、ある未知に対する自分の解釈の集合体のような物だと思えばいい。
これが、基界における理となり、自らの副視界の内に小さな世界を作り出す事が出来る。

後は調和ソエマと接続された小さな世界のあらゆる揺らぎを随時コーディングする事で異系間ゲートウェイ操作が完了する。
話すと小難しく感じるとは思うが、お前達エルメルの適正は決して低くない、習得までに他の種族程の時間は掛からない筈だ。

視点感排除のトレーニングについては、課題として各々やるのが一番効率がいい。
トレーニングプログラムを端末に送っておくからそれを使ってくれ。

ここまでで何か質問があれば答える。実際にやってみないとなんとも言えないとは思うが。
講義内容以外の事でもいい。疑問に思うことを何でも言ってみてくれ」

「では、一つ良いでしょうか」

ハレが、まるで日光を遮るように軽く挙手をする。

どうぞ、と言ってゼンハードが掌でハレを示す。

「調和ソエマと亜生命は同じものと考えても問題ないのでしょうか」

「少し違うな。自分が思うままにコントロール出来る他の生命を調和ソエマと呼ぶ。
その調和ソエマの宿る物質に、自らの剥理結晶を混同し、橋渡しとした時にその物質を亜生命と呼ぶんだ。

俺達は他の存在を本能的信念に基づき在るとし、それを根底として物事を考える。
自分が本来認識し得ない領域をこうであると定めるのだから、これは仮定だ。

俺達は直接ソエマを見ている訳じゃない。あくまでもそのシンボルを自らの内に生成しているに過ぎないんだ。
ここで言うシンボルとは主として状態記述領域の事だな。生物であれば肉体と呼ばれる。

あらゆる分野で言われる、ソエマ理想型に近づく、とは己の認識とソエマの誤差を小さくするという事だな。

調和ソエマもその例外では無く、物質、肉体を仲介として初めて認識をする事が出来る。
この際に理屈は判明していないが、その物質に自らの剥理結晶を混合する事で、ソエマとの距離を縮める事が出来るんだ。

ソエマ理想型に近い程、そのソエマの持つ唯一性を強く享受する事が出来る。
故に武器としては破格の性能を持つに至る。

希に剥理結晶を混合しなくとも、使用者との距離を自ら縮めたがる調和ソエマが存在するが、それは解離性亜生命と呼ばれている。
これについては全く研究が進んでおらず、何故そのような特性を有するのかはまるで分かっていない」

ハレが礼を言うと、ゼンハードは皆の顔をぐるりと見回す。

「新たに疑問が生まれたら、その時点で質問してくれて構わない。
次に軍装の配布をする。可能であればデッキを出して貰いたい」

部屋のコントロール端末を操作し、デッキを出現させ、皆でそこへ移動する。
数分後、一畳程の大きさをもった無人空輸機がデッキ上空に飛来し、十メートル程の高さでホバリングをする。

「下ろしてくれ」

ゼンハードの命令を受け入れた空輸機が、自らの下部に嵌まるコンテナをワイヤーで降ろす。
コンテナが接地するとゼンハードはそこから四つのケースを取り出す。大きさは一様に画板程である。

ゼンハードがコンテナの蓋を閉めると、空輸機はワイヤーを巻き上げ、何処かへ飛び去って行く。

「一番上に衣類が入っている。取り出してみろ」

ゼンハードはネームタグの示す通りにケースを配布する。

二つのロックを外し、上蓋を持ち上げる。中には折りたたまれた衣類が一着。
手に持ってみる。中々に肉厚な生地とは裏腹に、掌に掛かる重量は非常に小さい。

展開してみる。フードがついており、外見はポンチョと呼ばれる外套に酷似している。
袖と胴部の境目が曖昧で、また全体的に末広がりな作りになっている。

目測ではあるが、着用したときの丈は膝上くらいになるだろう。
白色の生地には、ポケットやボタンはおろか継ぎ目さえ見当たらない。

「そいつにもソエマが内包されている。副視界上でオペレーションソフトを実行すれば二つの機能が使えるようになる。
一つは視認した景色に最適化された迷彩パターンを生地表面に投影する事が出来る機能だ。処理は数秒で完了し、中々の隠密性を発揮する事が出来る。

もう一つの機能は、生地全体に編み込まれた伸縮糸が運動を感知して、布のあそびを解消してくれるというものだ。
特に高速度の運動においては高い効果を発揮する。

首元が嵩張っているだろう。そこには頸部保護のシート層と制御電脳が入っている。
エネルギーは使用者の異系間ゲートウェイ操作により供給される。

純粋な防御性能に関してはリベルトレイドで用いられる戦略パッケージの中で最低水準だ。
攻撃を受け止める装甲としての機能は有していない。

で、次だ。二つ小剣が見えているだろう。それを出してみろ」

俺はケースの中からゼンハードが示すものであろう二本のナイフを取り出す。

それは片刃であり、全長は上腕程。楕円筒のグリップから切先までが連続して透明度の高い硝子で造形されており、鍔は存在しない。
また、グリップ内部にはシリンダーによく似た金色の構造物が透けて見え、それから伸びる同色の金属糸が、刀身部では複雑な幾何学模様を作り出している。

鞘は、刃元から切先を少し折り返した所までをなぞるように、局所的にカバーするという独特の形状を取っている。
持ち手より僅かに幅広い刀身の上下差に金環が引っかかる事で、本体が抜け落ちないように保持しているのだろう。

素材は、拡散反射により柔らかな白色光を纏う不透明なものを使用している。
ざらつきは存在しない事から、表面には薄いコーティングが施されているのだろう。

もう一本も手に取り、細部を観察してみるが、双方に違いは見られない。

「綺麗」

ルナリカが呟く。

確かに。美術品のように美しく、実用性など皆無に見えるそれは、思わず唇で触れてみたくなる程に見事である。

「お前達分隊の専用モデルだ。切るという事に関して言えば一流の性能を誇る。
内包したソエマはバラードメーカーだ。

刀身を鞘から抜く際には異系間ゲートウェイ操作が必要になる。
そうすることでリングが割れ、固定が解除される」

「バラードメーカー」

言ってみると、少しだけ胸中がざわつく。
ある名を呼べばその時より、有象無象から浮かび上がり剥離したものが、こちらに近づいてくるのだ。
祝福か破滅か図り得ぬそれに、我々は一旦身構えてしまうのだろう。

手に持ってみる。凪いだ刀身は何の変哲も無しに、一切の歪みも無く、向こうの景色を透かしている。

「他に入っている衣類は、普通の物よりかは頑丈な素材を使ってはいるが、何か特別な機能がある訳じゃない。
特に拘りが無ければ、防具と合わせてそれらを着る事をお勧めする。まぁ、別の物で代用しても構わない。

ただし、靴はその中に入っている物を履いた方がいい。ツェカーデ深部の保護という観点から非常に頑丈な作りになっている。
ソエマは内包されていないが、それでも簡単な攻撃であれば防いでくれるだけの能力がある」

ゼンハードが言う。

俺は残った内容物を一つ一つ取り出して行く。
至って平凡な外見をした濃灰色のタンクトップに、同色の余白の大きな長ズボン。

最後に、肉厚のショートブーツ。黒色のスウェードで全体的に丸っこいシルエットとなっている。
また、足首の周囲はクッションでも入れられているのか、一段と分厚く作られている。

また、ズボンだけは男女でデザインが分かれているようで、女性用は丈が腿までしか存在しない。
その代わりに、女性にはストッキングが用意されているようである。

「これは装甲的用途の防具でよろしいのでしょうか」

ハレは最初に取り出した防具を手に持ち、ゼンハードに質問をする。

「二つの違いは覚えてるか?」

ゼンハードが返す。

「はい、装甲的用途の防具とは、防具そのものが相手の攻撃を遮蔽する事を目的として作られたものだと存じています。
対してアクセサリー的用途の防具とは、自らをある存在、つまりソエマ理想刑に近づける事で身体の強度向上を図るものだと理解しています」

「正解だ。装甲的用途の防具に関しては特に理解に苦しくは無いだろう。物理的に相手の攻撃を防ぐ事を目的としている。
アクセサリー的用途の防具とは、今ハレの言ったようにソエマとの距離を縮め、その帰還性により身体の強化を図るものだ。
自分をある理想的な姿へ近づけるという所が、アクセサリー的と言われる所以だ。

両者は一長一短で、例えば保護する領域が極端に少なく、また十分な強度を有さないような構造であってもアクセサリー的用途の防具であれば、十分な防御力を発揮する事が可能だ。
装甲的用途の防具は、アクセサリー的用途も同時に有する事が多く、防御力の絶対値を大きく保つ事が出来る。

今回配布した防具はハレの言ったように、装甲的用途の防具に該当する」

ハレがゼンハードに礼を述べる。

「さて、今日の午前中にやるべき事はこれで終わりなんだ。ただし、休憩を挟むにしては時間が余り過ぎる。
予定を少々変更して、ツェカーデ深部に関しての復習をこの後に加える」

ゼンハードは言ってから立ち上がり、背を伸ばす。
気を引っ張って行くような、甲高い何か鳴き声はいつの間にか無くなっていた。

 

 

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