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15話-シエラside

車が停止する。ホテル正門より二十分程飛行しただろうか。

後方には廃墟の切れ目、前方には彼方まで広がる王国船の天板。
丁寧に研磨した高級石材のようなそれは、風に運ばれるふくよかな雲と澄んだ青色を写し出し、もう一つの天空を足下に作り出している。

「降りていいぞ」

ゼンハードはそう言ってから、キャビン後方の小窓と、運転席左右の窓を閉める。
大柄なピックアップトラックの荷台は高く、俺達は飛び降りるようにして下車をする。

「気持ちの良い場所だね」

ルナリカが呟く。視界の端には装甲板の上を滑るように飛んで行く小さな鳥。
ゼンハードが携帯端末と正方形の大きなバッグをそれぞれの手に持ち、俺達の前まで歩いて来る。

「午前中に確認した限りでは、ツェカーデ深部の基礎知識に対するお前達の理解は十分だ。
後は早々に実践を重ねて、戦闘に応用が効くレベルにまで技術の向上を図る。

学校の進度とは食い違う事になるが、生徒全員が何かしらの部隊に籍を置いている以上、完全に足並みを揃える事は出来ない。
お前達の担当教諭も、白理学園長もそれは認知している筈だ」

ゼンハードはそこまで言うと、大きな欠伸をし、背を大きく伸ばす。
それから数秒、背後の装甲板の彼方を眺め、再び此方に向き直る。

「今のお前達と言えば、突発的に授かった随意操作が可能な器官を、なんとなくで使えるようになって来た程度だ。
それを自らの利き手のように、完全に支配下に置く訓練をこれから始めて行く。

まずは安定してツェカーデ深部に入力を行う事が出来るようになるのが目標だ。
そこで自らの質量では抑える事の出来ない追突をツェカーデ深部で以て受け止めるという訓練を行う。

この方法であれば、ツェカーデ深部の操作を極短時間の内に行う必要が無い。
疲れはするが、自らの体に過大な負荷が掛かる心配も無い。

さて、早速やって行こうか」

ゼンハードは言い終わると、手に持ったバッグを開き、中から胴体前面を覆える程度の大きさを持った緩衝板を取り出す。

「こうやって使う」

ゼンハードは裏面に突き出した二本の棒を握り、それぞれの直下につけられたベルトで上腕を固定して、両腕を直角に保持する。
それから両足を前後に開き、腰を落とす。

「両面にはクッションが有り、中には頑丈なプレートが埋められている。俺が手加減を間違わない限りは痛みすら無いだろう。
今からお前達がこれを構え、俺がそれを押す。押すとは言ってもツェカーデ深部の効力が無ければ吹き飛ぶ程度の強さでだ。

さて、誰から行こうか」

ゼンハードが言ってから笑みを零す。間髪入れずに挙手をしたのはハーツとハレ。
一瞬、顔を見合わせた二人であったが、ハレが先行を譲る事で即座に決着が着く。

ゼンハードから緩衝板を受け取ったハーツが自らにそれを装着する。
それから先程のゼンハードを真似て、耐衝撃の姿勢を取る。

「心配は要らない。俺が加減を間違える事はあり得ない」

ゼンハードは言うと、ハーツの構える緩衝材に片手を置く。

「行くぞ。ツェカーデ深部に注力しろ」

ゼンハードの言葉にハーツが首肯する。

瞬間、ハーツが後方へ吹き飛ぶ。平坦な放物線を描いた後、十五メートル程先で接地し、五メートル程転がる。
確かに、この程度であれば体が損傷を受ける事は無いだろう。

ハーツは直ぐさま起き上がり、此方まで走ってくる。

「手応えからして、ツェカーデ深部を有効にする事自体は出来ている。
だが、発揮出来た出力は最大値のほんの数パーセントといった所だろう。
それでも結構疲れた筈だ」

ゼンハードの言葉にハーツが頷く。
確かに、疲労困憊という訳では無さそうだが、ハーツの呼吸は荒い。

「まだ効率的に器官を使えていないからな。

それにしたってツェカーデ深部の使用には大きな疲労が伴う。
特に全力に近い出力ではどんな奴も、例えば従王軍の連中でさえ、それを維持出来るのは一瞬だ。

ツェカーデ深部において、ある一定割合の出力の持続可能時間は先天的なものであり、それを訓練により伸ばす事は殆ど出来ない。
より少ない疲労でツェカーデ深部を使用したいのであれば方法は二つ。

最適化により、効率的にツェカーデ深部を使う事で、余計な損失を抑える。
或いは、能力の限界値を伸ばし、ある仕事を達成する為に必要なツェカーデ深部の使用割合をより少ないものとするかだ。

さて、どんどん行こう」

ゼンハードの言葉に皆が肯定の言葉を返す。
ハレ、俺、ルナリカ、と順番が回る。皆ハーツのように後方へ吹き飛ばされる。

更にもう一巡する。それが終わればもう一巡。訓練は繰り返され、その度に宙を舞い、装甲板に激突する。
物凄い疲労ではあるが、確かに、痛みらしい痛みは感じない。ゼンハードが丁寧に加減をしてくれているからであろう。

ルナリカが体力の限界を告げた所で、ゼンハードが訓練の終了を言い渡す。
皆、同じように腰を落とし、乱れた息を整える。

俺は装甲板に寝転ぶ。のんびり流れる積雲とそれにより翳る光。
ふと風の流れに気がつく。

「最初にしては上出来だ。このペースであれば一月ひとつきもする頃には、ある程度の運動になら応用を利かせられる程度にはなっているだろう。

それと、一つ伝え忘れていたが、我がリベルトレイドではツェカーデ深部を私用に用いる事を禁止している。
体力消費の大きいツェカーデ深部は有事に備えておくべきものとされているからだ。

慣れてくると、私的な移動に利用する輩が必ず出てくる。
使うなら周りをよく確認して、人通りの少ない進路を選べ」

ゼンハードは言ってから車に戻り、大柄な保冷容器を持ってくる。

「三十分の休憩を挟んだら次の訓練だ。中の物は自由に消費していい」

ゼンハードは保冷容器を俺達の目前に置き、二つの留め具を外し、蓋を持ち上げる。
中には人数分以上の飲み物と軽食。

皆、ゼンハードに礼を述べ、各々中身を選び取り出す。

「これ、ビルマヴェイスですよね」

ハーツが携帯食料のパッケージを見ながらゼンハードに尋ねる。

「ビルマヴェイス?」

ハレが復唱する。

「最高等級の携帯食料を提供する商会の名前だよ。ここの商品は味と機能性共に同カテゴリ品の中で、頭一つ抜けたクオリティを持つと言われている。
ただ、購買契約には審査が必要で、高名な団体にしかそれを許していないと聞いた」

「それは凄いね」

ルナリカが言う。

「そうだ。機能性云々は置いといて、余計なものが入っていないのがいい」

ゼンハードは言うと、保冷容器からパッケージを取り出し、外箱を開く。
それから内容物を包む包装紙を剥がし、それを丁寧に畳みだす。

三十分の時間はあっという間に経過し、ゼンハードが訓練再開を告げる。

「次の訓練は今日最後のものになる。
以前に状態記述領域の拡張について説明した筈だ。それが生命や亜生命においてのみ実現出来るとも言った。
今から、お前達の剥理結晶を混ぜた亜生命であるバラードメーカーを用いて、状態記述領域の拡張の前段階を体感して貰う。

亜生命とは、その名前が示す通り、生命に次ぐ、生命に非常に近しい物体だ。それを手にしたとき、自らと感覚を共有し、体の一部として取り扱う事が出来る。
状態記述領域の拡張は言ってしまえば、定義域の一時的拡張だ。自分という唯一無二で以て、とある空間を記述状態にする。

非常に強引な言い方にはなるが、極短時間大きさを変えられる外付けの器官だと思えばいい。
とりあえずバラードメーカーを持ってみれば分かるだろう。皆、俺に剣を貸してくれ、現段階でのお前達ではまだ抜けない筈だ」

皆、自らのケースからバラードメーカーを取り出し、ゼンハードに手渡す。

ゼンハードがグリップを握った途端、鞘を支える金環が割れ、刀身との固定が解除される。
異系間ゲートウェイ操作を行ったのだろう。それを四回繰り返す。

「お前達が異系間ゲートウェイ操作を覚えた時にセキュリティーを更新すれば持ち主以外では抜けなくなる。
さあ、持ってみろ」

ゼンハードがバラードメーカーをそれぞれの所有者に返す。

途端、掌の温度がグリップへと吸い込まれて行く。しかし、一般的な熱平衡へと至る過程と違い、深部も表部も同様の速度で熱が奪われる。
刀身の温度を手で感じているのでは無いのだろう。自らの体の一部となった刀身でその温度を感じているのだ。
そう思えば確かに、握った掌より刀身長分感覚がせり出しているのが分かる。

「それが亜生命を持ったときの感覚だ。そうしたら目を瞑れ、刀を持った手に、その先に意識を集中しろ。
感覚を強固に同期させる必要がある。そのまま十五分待機だ」

ゼンハードが言う。皆が返事を返す。
それ以降は誰一人として言葉を発しない。

バラードメーカーのグリップと掌の接面が熱を帯びる。その境目が段々と曖昧になって行く。
目を瞑った暗闇の中に、掌とその先に伸びる刀身がやんわりと光る。

刃先を風が吹き抜ける。まるで水蒸気で可視化したかのように、刀身表面の気流が闇の中で見える。
これは、この器官は、指の先など比べものにならない程に繊細な感覚を有しているのだろう。
その鱗片をこの短時間で垣間見る事が出来る。

「持ち替えろ」

ゼンハードの声が聞こえる。意識に漣を立てぬようにと配慮した静謐な声。

バラードメーカーを反対の手に持ち替える。右手周辺に淀んでいた熱と意識が離散する。
代わりに左手に現れる新しい拡張感覚。

左手も、右手と同じ過程を経て、やがて気流を感じるに至る。
もっと、もっと集中する。力んでしまった瞼を緩めるように努める。

音を振動で感じる。静止しているつもりでも僅かに、手が震えているのが分かる。
複数の拍動、自分のものか、隣に立つルナリカ、或いはハレのものか。

「そこまでだ」

ゼンハードが鏡面となった水面を散らすように、ハリのある声で言う。
鋭敏となっていた感覚が霧散し、青空が眩しく写る。俺は何度か目を瞬く。

「今のを繰り返す事で、刀を使うという感覚が分かってくる。ツェカーデ深部の使い方もそうだが、これは言葉で説明出来るようなものじゃ無い。
腕を持たぬ者にその動かし方を教えるように、舌を持たぬ者に味を伝えるように、目を持たぬ者に色とは何かを伝えるように、非常に難しい。

近道は無い。反復と反省の積み重ねの末に身につける他に方法は無い。これから長くなるとは思うが俺は出来る限りの事をするつもりだ。
お前達も頑張ってくれ、訓練はこれにて終了する」

ゼンハードが言う。俺達は即座に礼を返す。
各自、各々のタイミングで言った為に少々疎らになってしまった。

ゼンハードは僅かに笑みを零すと、保冷容器の蓋と鍵を閉め、それを持ち、車へと戻る。
俺達はそれに追従し、車まで到達すると、行きの時と同じように荷台へと乗り込む。

ゼンハードは運転席に搭乗すると、背後の小窓を後ろ手に開ける。

「そういえば、移動手段はもう用意してあるのか?」

車体が僅かに浮かび、それから前方へとゆっくり動き出す。

「いえ、週末にでも車の購入を検討しています」

ハーツが答える。

「バイクを二台用意しておいた。二人ずつ乗れば四人で使える。あの道ならば車より便利な筈だ。
今後来るであろう任務にも流用可能な仕様のものを用意した。普段使いでは持て余すかもしれないな」

ゼンハードが言う。

「何から何まで、本当にありがとうございます」

ハーツが礼を返すと、皆が同じ言葉を重ねる。

ふと背後を振り返る。
非現実的な程に鮮やかな二つの夕空が、消失点の彼方まで平行して続いていた。

 

 

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