現在、継世を執筆中です。https://ritsuri.com/novels-list/tsuguse

2話-リリアside

 

「おはよう」

レイスの声。

「おはよう。ルビアはどこ?」

私は上体を起こし尋ねる。

「二日ばかり早く目覚めてね、今は私の部屋にいる」

レイスは言いながら、私に手を差し伸べる。

「そう」

私は言うとその手を握り、床に直接敷かれたマットレスから立ち上がる。

「あなたの名前は?」

「リリア」

「年齢は?」

「十四歳」

「私の名前は分かる?」

「レイス、イブエルテ」

レイスは口元を僅かに綻ばせる。

「この部屋の事は覚えている?」

私は部屋を見回してみる。

白一色の部屋。直方体で奥行きと幅は共に十メートル、高さは四メートル。
壁の一面が本棚となっており、大判の本がぎっしりと詰まっている。
足元には私が横たわっていたマットレス。

「ここで、あなたに言葉を教わった」

レイスは首を縦に振る。

「この部屋に来る以前、リリアは何処にいた?」

「国際研究所」

「リリアはそこの職員だった。最後に覚えている記憶は研究所の自室でルビアと眠った事。そうだね?」

私は首肯する。

「よし、まあ大丈夫だとは思っていたけど、言語の獲得は完了した」

レイスは言うと、笑みを浮かべる。

「レイス、一体何が起こっているの?」

私は尋ねる。

「二人が国際研究所の自室で眠りについて間もなく、地球が存在していた世界は消滅した」

レイスが言う。その後、静寂。
些細な何かの稼働音が初めて意識上に顕在する。

「パイドンのプシュケー、実体二元論の心、カルテジアン劇場のホムンクルス、魂とか精神と呼んだっていい、それらは肉体が失われた後、新たな器を手に入れてこの世界に召喚された。それが今のリリアだ」

レイスは言ってからゆっくりと歩き出す。

「この部屋の外には植物プラントがあってね、そこでリリアとルビアが倒れているのを見つけたんだ。
当時の君達は生まれたての赤ちゃんと一緒だ。言葉も無ければ何の知識もない」

レイスは踵を返す。

「私は二人をこの部屋に運んで、一緒にこの世界の言葉を勉強した。
地球人にとって最適な教材を使ったせいもあって、二人は二年足らずで十分な言語能力を獲得した」

元の位置まで戻ったレイスは、再び同じ進路を歩き出す。

「そして二年が過ぎると君達はほぼ同時に眠りにつく。
生命に保存された記憶を新たに獲得した言語で普遍的なものへと書き換える為だ。

二人はずいぶんとその処理が早くてね、一ヶ月足らずで眠りから覚めた」

「生命に保存された記憶?」

私が尋ねるとレイスは立ち止まる。

「そう、体では無く心に刻まれた記憶。
フォーマットが違い過ぎるから、言語と結びつけてあげないとこの世界でそれを思い出す事が出来ない」

少し強引だけども、アナログデータをデジタルデータにでもすると思えばいい。
無限と有限もまた根本的に違うだろう?」

「レイスが何を言っているのか全然分からない」

私が言うと、レイスはバツの悪い表情を浮かべて、それから笑い出す。

「私も分からない。ただ、これが広く広まっている理由付けなんだ。
大昔の作家が書いた物語が元になっているらしい。

この世界では、ある特定の領域に既存のどれとも違う生物が突発的に出現するという事が実際に起こる。
そしてその生物は言葉を学んだ途端に私達も知らないような事を語りだすんだ。

何故そのような事が起こるかなんて本当の所は誰にも分からない。とりあえずそういうものだと理解するしかないんだ。
世界が五分前に始まったかどうかなんて、この先やらなくてはいけない事になんの関係もないだろう?」

私は首肯する。

「まず外に出ようか。二年間、リリアは一切外の景色を見ていない。
そうした方が記憶の書き換え作業がスムーズに成される事が分かっているからだ」

レイスは言うと部屋の隅に移動して、片開きの扉を引いて開ける。
それからドアノブを掴んでいない方の手、左手を私の方へ差し出す。

「ある意味では、ここからがリリアにとっての新しい世界だ」

私はレイスの元まで歩き、その指先にそっと手を乗せた。

 

 

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