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3話-リリアside

 

上天には宇宙が広がっている。

溢れんばかりの星々と、その合間を彩る星雲。
それから、点在する大粒の天体。

足元には真っ赤な花弁を持った蔓植物が隙間なく植えられている。
その下に敷き詰められているのはガラス質の黒色の粒。

三十メートル程奥には柵があり、その先は崖になっている。
私はそこまで歩き、下を眺めてみる。

霧に阻まれ明確には目視出来ないが、何かの工場のような建造物群が確認出来る。

「もうかなりの間誰にも使われていない工場だよ。
王国船の上部装甲板の上が立ち入り禁止になったからね」

背後でレイスが喋る。

「王国船?」

私は尋ねる。

「いま私達が立っているこの場所は、実は王国船と呼ばれる飛行物体の上なんだ。
国民とかインフラストラクチャーとかを全て積載している。

大きすぎて、ここからじゃ全型なんて分からない。
今度模型を見せてあげよう」

「この場所は?」

「私個人の研究施設だよ。大凡長方形をしている。
短辺は歩いて五分、長辺は十分程の長さがある。

その長方形を横に置いたとして、右下に私の部屋へと通じる昇降機がある。
大体右三分の二が研究設備で、左三分の一が花畑だ。
今現在私達が居るのは左下の部分だよ」

風が吹き抜ける。風に揺られた花弁が擦れ合い、潮騒のような音を立てる。

「私達以外の地球人は?」

「恐らく殆どがこの世界に召喚されたはずだ。

因みに、地球人は一ヶ月程前にリベルトレイドという国で行われた族名授与式にてエルメルという種族名を貰っている。
人前ではそう呼んだ方がいい」

「族名授与式というのは?」

「正式にその国の民として認められた時に催される祭典みたいなものだよ。
地球人は十年にも及ぶ学習と訓練の末、リベルトレイドにて族名を貰い、晴れて国民として受け入れられたんだ」

「十年?」

私は尋ねる。

「そう、そこなんだよ。
リリアとルビアは召喚時期が他の地球人と比べて大きくズレている。

この世界には一国の歴史から見れば頻繁に新生種族が召喚されるんだけど。
その際にはほぼ例外無く、一定の領域に半年くらいの時間を掛けて召喚されるんだ。

二人が召喚されたのは二年前、場所もリベルトレイド領内から大分離れている。
私が知る限り、そこまでのズレが生じた事例は存在しない。

ただね、これは恐らく幾ら考えても解が判明しない類の問題だ。
考えても無駄だと思う」

私は頷く。

「他に何か気になる事はある?」

レイスが言う。

「今は夜?」

私は尋ねる。

「時間で言えば朝だよ。我が王国船ベルセリカが行く進路は時間帯問わず光量が少ないんだ」

「進路。王国は何処かに向かっているの?」

「エルレライの奥へとね。エルレライというのは君達が言う所の地球に該当する言葉だ。
両端が半球状の円柱、所謂カプセルと呼ばれる形状をしているとされている。
多分だけど、リリアが想像した形よりも全然長い。

表現が推量なのは誰も反対側を確認した事が無いからだ。
因みに片方の半球部分だけでも地球とは比較にならない位大きい」

「色々と気になる事はあるけど、とりあえず姉に合わせてくれない?」

「そうだね、ルビアも心配しているだろうし。ついておいで、私の自宅に案内するよ」

レイスはそう言って歩き出す。私は横並びについて行く。
足元の花弁は非常にしなやかで、レイスや私が踏んだくらいでは何ともないらしい。

「王国船でエルレライの先へ進むのは何故?」

私は歩きながら尋ねる。

「国力の増強にそれが必須だからだよ。

この世界では、知的種族は他の知的種族を捕食しないと生きて行けないんだ。
当然、捕食される事を甘んじて受け入れる種族なんて存在しない訳で、どうしたって武力衝突が起こる。

そんな時に、国が強くないとどうしようもならなくなる」

レイスもまた、歩きながら答える。

「国と王国船は同じものと考えていいもの?」

「ほぼそれが当てはまる。稀に王国船を持たない国も存在するけど」

「リベルトレイドにはエルメル以外にも多くの種族が存在するの?」

「その通りだよ。大体どの王国船も多くの種族で構成されている。
勿論その場合は、同じ国に属する種族同士の捕食は禁止されている。

ただ私達の国、ベルセリカみたいに一つの種族で構成されている国もある」

それから私は幾つもの質問をレイスにぶつける。
レイスはその一つ一つに丁寧に答えてくれる。

やがて花壇が終わり、複数の建物が見えてくる。
私達はその合間を抜けてゆく。

それから十分程歩くと、前方に直方体の突起物が見えてくる。
昇降機だろう。

目前まで来ると両開きの扉が自動で開く。
私たちが乗り込むと扉は閉まり静かに降下する。

「あの花は?」

「あれはエンゼンシルカという花でね、とても希少な植物なんだ。
体に取り込むと本当に微量ながらも知的種族を摂取した時と同じ効果を得られる。
それだけで生命を維持する事は到底出来ないんだけどね。

あと、飲み物にすると物凄く美味しい」

レイスが言う。

それから数分して昇降機が止まり、扉が開く。

目前に伸びるのは天井から幾本のワイヤーで吊された手すり付きの足場。
人がようやくすれ違える程度の幅で、作りも非常にチープである。

また、二十メートル程先には片開きのドアが見える。

下方では幾つもの機械が大きな音を立てて稼働している。

不気味な程に大きなピストンとシリンダー、高速で回転する大木のようなシャフト、複雑に噛み合ったギア。
球体の耐圧タンクに、壁面をびっしり覆うパイプ。

そんな様相に思わず見入ってしまう。

「上の研究施設に送るエネルギーをここで作っているんだよ。
かなりクラシックな機械だから専門外の私でも簡単に運用出来る。

力の流れが明示的な構造は見てて飽きないよね。
興味があれば運転を止めてあげるから自由に見てみるといい。

さぁ、あの扉の向こうが私の住居だよ。
扉は防音で、ここの音は全然聞こえないから安心してくれ」

レイスは言うと、足場を進む。私はそれを追う。

「さぁ、どうぞ」

端部まで辿り着くと、レイスは扉を開き私を迎える。

私は靴を脱ぎ、毛足の長い朱色のラグに一歩踏み出す。
足裏が数ミリ沈み込む。

レイスが扉を閉めると、確かに、外の音は完全に遮断される。

短い廊下を抜けると、教室程の広さを持ったリビング。
壁の半分程は背の高い本棚で覆われ、そこには大柄の本が綺麗に並んでいる。

重厚な家具も四面の壁も弓なりに膨らんだ天井も、どれもが赤味の強い木材で作られている。
部屋の四隅にはりんご飴のような暖色照明。

ほんの僅かに漂うのは葉か花を燻したような香気。

「そこの扉の先がテラスだよ」

レイスが示しているのは入り口とは反対に位置する扉。
左右の壁にも一枚ずつ扉があるので他にも部屋があるのだろう。

私はテラスに繋がっているという扉を開く。

「あっリリア、待ってたよ」

久々に聞いたように感じる声。
ルビアが私に駆け寄り手を握る。

「ほら、見てよここ。景色が綺麗だよ」

ルビアの向こう、扉の対面には一切の壁が無く、そこからは無数の光の粒を湛えた大都市を展望する事が出来た。
大小様々な建造物がひしめき合い、さながらマザーボードを眺めているようである。

空中を蛍のように飛び交うのは車に良く似た飛行物体。
まるで繊維のように入り組んだ、道路、歩道。

また特異である点として、見える範囲に都市の最低部が見当たらない事がある。
地面、又は土台として認識していた平面は注意深く見てみれば大型のデッキに過ぎず、その下には更に木の根のように都市が広がっていた。

上方には広大な天井が広がっている。あの天板の上が私の先刻いた場所なのだろう。

景色から察するに、レイス宅は壁面上端の内部に存在している。
また、壁は天板付近で大きく傾斜しており、このテラスはそこから水平に突き出るようにして建設されているのだ。

「それにしても外と仕切られていないのに綺麗だね、このテラス。
室内とそんなに変わらないけど大丈夫なのかな」

姉が呟く。

確かに、この空間は外部と仕切られていないもかかわらず、それに準じた内装をしていない。

膝丈程の小柄な本棚、エル字のソファ、ガラス天板のローテーブルに、恐らくは冷蔵庫。
どれも豪奢では無いが、それでも屋外での使用を目的としたものであるとは考えにくい。

壁や床、天井に関しては黒色の金属物質で出来ており、こちらは屋外使用に対しても十分な耐性を持っていると考えられる。

少しかがみ、指先で床をなぞってみる。
指先を注意深く観察してみるが堆積物は付着していない。

「居住可能区画に割りてられたブロックは専用の施設で作られた空気が循環しているんだ。
それに如何なる機械もここでは排気を許されていない、だからだよ」

気が付けばレイスが後ろに立っていた。

「ここは本当に王国船の中?」

私は尋ねる。

「勿論。王国船最後方、最上部に位置する都市、レイバレリーだよ」

レイスはソファまで歩き腰掛ける。

「この都市でさえ王国船のほんの一部でしかない。そういう事?」

私はそう言ってから、女性の斜め右、エル字ソファの短部に腰掛ける。

「そうだね。ここなんて王国船から見ればほんの小指みたいなものだよ」

レイスはこちらを見ていない。その視線の先は眼下の大都市へと向けられている。

「これから私たちはどうするべき?」

姉がそう言って私の隣に腰掛ける。
クッションの僅かな沈下が太腿に伝わる。

「それについては私から提案があるんだけど」

レイスが体をこちらに向けるようにして座りなおす。

「私の友人に生物学者が居て、その友人の研究室に二人を連れて行きたい。

二人は他の地球人と比べて召喚時期に大分ズレがあるという事は話したよね?
今の二人は族名というものを持っていない。つまり、どこの国民でもない。

そうなるととても困った事になってね。

友人の知り合いには、リベルトレイド王属の生物学者がいる。
王属というのは、国王が大きな信頼を寄せる人間に授ける称号のようなものだと思えばいい。

その伝手を使って、君達が地球人である事の証明を手伝って貰い、族名を貰えるように働きかける。

どうだろう、良ければ今すぐにでも出発したいんだけど」

私とルビアは数秒、顔を見合わせると、同時にレイスの方を振り向き首を縦に振った。

 

 

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