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4話-リリアside

 

レイスの家を出発してから三十分程、王国船内を区切っているという巨壁が目前に見えている。
車は速度を落とし壁の随所に設けられているというトンネルに侵入する。

レイスの話によると、ここは検問所の役割を兼ねており、国民であれば皆が所持しているIDの情報を読み取っているとのことである。

短い電子音が鳴ると、目前を封鎖していたゲートが左右に割れ、その先へと進めるようになる。
数分徐行した後開けた景色に、私は思わず息を呑む。

視界いっぱいに広がるのは、風に揺られて群舞する花吹雪。
桜ではないだろう。花びら一枚一枚が淡い光を湛え、翡翠の水面に触れては消えてゆく。
等間隔に植えられた形の良い低木は、瑠璃色の、まるで鉱物の様な樹皮を纏い、そこかしこの行燈から漏れる艶やかな光に照らされている。

気が付けば車は完全に静止していた。一切の騒音や振動を許さないレイスの車では加速度を判断する情報が少ない。
私は信じられない程に重たい後部座席のドアを開け、外に出る。

瑞々しく冷たい空気が肺を満たす。どこからともなく聞こえるのは水音。

「さぁ着いた。ここが私の友人、ミラの住む三番街だよ。
研究所までは少しだけ歩くけどね」

レイスが歩き出す。

三番街は景色を見るに、渓谷の底に位置する街である。
左右には急な連峰が横たわっており、その山肌を無数の木が覆っている。

無数の小川にかかる無数の橋。山肌に沿うようにして続くデッキ、階段。渓谷の間を渡すようにして作られた建築物、それらを繋ぐ空中回廊。
行燈と淡く発光する花びらを光源とした故の薄暗さと、構造の煩雑さが相まって定住するには非常に不向きな街である。

建材はもっぱら木材や石材であり、金属はほんのごく一部である。
素材、構造共に飛行する王国船の内部構造としては強度を欠くように思える。

それから私たちは四面が鉄柵の小さな昇降機で随分と高いところまで登り、複雑な通路を伝い、ミラの研究所へと向かう。

「この町は人が住んでいないの?」

姉がレイスに尋ねる。
確かに、この街に入ってから人を見ていない。

「人は住んでいるよ、とても少ないけどね。
ここは三番街とは言うもののれっきとした植物研究施設でね、入場には学者のIDが必要なんだ。
因みにミラはこの研究施設と植林場の管理者だよ」

「植林上。この私たちが今登ってる山の事?」

再び姉が尋ねる。

「そうだよ。ただ足元のこれは山じゃない。
大昔に討伐された大蛇の背骨だよ。番だったから二本。だから植林場も二つ」

「こんなに大きな生物がいたの?」

私は尋ねる。

「そうだよ。百年位前だったかな、王属の討伐隊がこいつを仕留めに行ったんだ。
その時の映像が残ってるから今度見に行ってみようか」

それから十分程。植林場の上端まで登りミラの研究所だという場所に到着した。

正面から見たそれは、とても研究所のようには見えない。

幅十メートル程の木材が植林場の急斜面より水平方向にせり出しており、その先端は薄靄の先へと消えている。
両側には胸丈程の欄干が並び、等間隔の幾本かは三メートル程の長さで以て床面と平行に伸びる切妻屋根を支えている。
中央部を広く占領している使用用途の窺えない機器の数々は、ここでは唯一の研究所に本来似つかわしいものである。

私は正面から、横に回って見る。

驚くべきことにその構造物は橋脚をもっていなかった。
トラスやアーチ、ワイヤーも見られない。

下で見た時の目測では、反対側の植林場上端までは少なくとも一キロはあった筈である。
やはりこの世界での建築基準は、私の知るものとは別物だと認識するべきなのだろう。

植林場と床板の境には腰掛け程度の高さを持った長方形の石材が置かれている。
レイスはそれに座り靴を脱ぐと、体を百八十度回転させ、反対側の床面で立ち上がる。

私達はその動作を真似る。靴を片付ける必要は無いようである。

それからレイス宅のものと同じであろうラグの敷かれた研究所を奥へと進む。

「遅かったな」

目前の女性が短く言った。

「私はミラだ。レイスに名前くらいは聞いているだろう」

私と姉は差し出された手を握る。

「君たちの世界の事は少しだが知っている。この場所はさぞ不安だろう。
でも安心してほしい、現在構造体にかかっている荷重は許容量の一パーセント未満だ」

研究室はミラの背後で途切れていた。その遠方を横切るのは数多の樹木を抱えた山並み。
私はこの研究所が対面の山頂まで伸びているものだと予想していたが、構造体は中空で途切れていた。
つまりは、土台部分である植林場と研究所の接点は、先ほどの玄関部の一辺のみと言うことである。

「この足場はフィスカトーレフィスナーレとかいう長ったらしい名の重木を原料として作成してある。
非常に頑強な木材だ。それを植林場の基礎部まで埋めているから、強度的に何の心配もいらない」

私は欄干に手を掛けて、眼下の三番街を眺めてみる。
下方は上層と比較して靄が薄いらしく、先程下で見た町並みを俯瞰する事が出来た。

その景色は一層美しく、立ちこめる靄さえも良いエフェクトとなって風景を飾っている。

「さて、早速だが君たちの体を調べてゆこう。
悪いが器具はラボの中程にあるんだ、少し戻る事になるね。ついてきてくれ」

ミラが足を止めたのは、トカマク型核融合炉を彷彿させるようなドーナツ型の器械の目前。
非常に大きく、床面の実に六分の五程を占領している。

先程、ラボの端部まで行く際に体を横にしてギリギリ通過したのを覚えている。

「これは広義で解析器と呼ばれる代物でね。仮にも王属の私が支給された、最高の分解能を持つマシンだ。
これで君達の体を検査して行く。その検査結果がエルメルの数値と近い値であれば君達をリベルトレイドに紹介する事が出来る。

解析時間は二人で半日かからない位だ。
どちらからでもいい、この梯子を登り中央に立ってくれ」

 

 

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