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6話-シエラside

 

「全員集まったな。シエラ、部屋に案内してくれ」

俺は肯定の言葉を口にすると、皆を誘導し、噴水を迂回し、エレベーターに乗り込む。

「随分と大きなエレベーターですね」

同班員であろう女性が呟く。

「このホテルには、これと同規模のエレベーターが円周に対して等間隔に六つ存在します。
ただ、私達が使用する予定の部屋に繋がっているのは、門と対面に存在するこのエレベーターだけです」

俺が答える。

「このホテルはもう使われていないんですか?」

同様の女性が再び尋ねる。

「そうだと聞いています。今後ホテルとして使われる予定も無いそうです」

「先程、噴水部で床下に大規模な機械構造が見えたんですけど、あれの目的って分かったりします?」

女性は質問を続ける。

「恐らく、このホテルを三百六度回転させる為のものだと思います。
回転させる目的は、景色を平等に楽しんで貰う為でしょうか」

俺が答えると女性は礼を返す。

それから、目的階に到着したことを知らせる短い電子音が鳴り、エレベーターの扉が静かに開く。
直結の廊下を皆で進む。

「この広さなら四人で暮らすにも不便はないだろう。
そうしたら早速自己紹介を済ませたいと思う。そこの机を借りたい」

廊下を出るや否やゼンハードが言う。
彼が指で示すのは部屋の中央に置かれた正方形の大柄な机。

俺は了承の言葉を返す。

「皆、適当な位置に座ってくれ。俺は立ったままでいい」

ゼンハードに促され、皆が向かい合うようにして正方形の机の一辺ずつに座る。

「俺の事は皆知っているだろう。自己紹介は不要な筈だ。
そうしたらお前から時計回りに進めてくれ」

ゼンハードは俺の対面、入り口に背を向けるように座る、一際背が高い男の右肩を叩く。

指名された男は了承の言葉を返し、それから自己の名をハーツ、ヴィンテージアだと告げる。
俺よりも二十センチ程背が高く、非常に長身である。鋭い目つきと、比率の小さな黒目と、その身長とが相まって一見では凶暴な印象を受ける。

次に、先程エレベーター内で幾らか言葉を交わした女性がハレ、ララシャンデルだと名乗った。
色素の薄い毛先の浮いたショートカットと、アーチの強いぱっちりとした目元が印象的である。

俺の自己紹介が終わり、右手側の女性が自己紹介を始める。彼女はルナリカ、ハートヴェイトと名乗った。
背中の中程まで伸びた癖の強い長髪と、その顔には少々大きめなウエリントン型の眼鏡が特徴的である。
また、彼女の着る服は本来のサイズよりも二回り程大きいと思われる。何かしらの拘りでもあるのだろうか。

「知ってるとは思うが、リベルトレイドでは同部隊のメンバーは共同生活が原則だ。
以降はこの場所がお前達の家になる。

これより適当に部屋を観察する時間を作る。
シエラ、もし留意事項があれば皆に伝えてくれ」

俺はゼンハードに了承の言葉を返す。

皆、机から立ち上がると、それぞれ部屋の中を適当に歩き回る。

俺も今一度、この部屋を見回してみる。確かに、この一室は非常に広い。

形で言えば緩やかな弧を描くようにして曲がった長方形。この形はホテルの全容に起因する物だと思われる。
短辺の長さで大凡六メートル、長辺では十八メートル程の大きさを持つ。

外部に向いた側の壁一面には、床部まで硝子の伸びた、所謂掃き出し窓が広がっている。
対面、ホテル内部側の壁には、中央にエレベーターへと通じる短い廊下があり、左方には浴槽へ通じる扉、右方には衣装部屋に通じる扉が設置されている。

天井はホテルのアウトラインに準じて、丁度中央をピークとした放物線を描いている。
そこからぶら下がるのは幾つもの照明と、直径二メートルはあろうかというシーリングファン。

窓を向いて右の壁際には、先程他の部屋から運び上げた四つのシングルサイズのベッドが横並びに置かれている。
中央部はフロアが少し低くなっており、そこには結構な面積を持つ正方形のテーブルと四脚の椅子、また、それらを挟むようにして二つの豪勢なソファが設置されている。
反対の壁際には、部屋の長辺に対して直角に置かれた大柄のアイランドキッチン。

「これ、窓は開けられますか?」

ハレが尋ねる。

「この部屋の全てはこのパネルから操作出来ます」

俺はベッド脇のサイドテーブルに置かれた葉書サイズのパネルを手に持ち、皆を集め操作方法を伝える。
カーテンの開閉、窓の下部を隠すシェードの上げ下げ、空調の操作、照明の調整、可動デッキの出し入れ、実際に試した事のある操作を事細かに伝えた。

それから皆で、実演として出した可動デッキに出る。

薄い板木を踏む時の足音が鳴る。

室温より少しばかり冷たい空気。
王国船内の清潔な空気とは幾許かの違いを感じる、言うなれば外の匂い。

眼下には橙光を背後にシルエットのみ浮かび上がる廃都市。

「もう十分だろう、室内へ戻ろう。本日最後の予定を消化する」

ゼンハードは言ってから部屋へと戻る。皆もそれに続く。

それから先程と同じ配置でテーブルに座る。
ゼンハードもまた入り口手前に移動する。

「今日最後の予定は、お前達がこの世界の常識をどれだけ理解しているかの確認だ。
といってもまあ形骸化した工程だ。俺の話す事を聞き、後で分かったと言えばいい。」

ゼンハードは言うと、皆を一瞥する。
俺達は皆、体をゼンハードに向けたまま微動だにしない。

「お前達の世界では、物質はある単位の集合で構成されていた筈だ。
原子、あるいは素粒子といったか、それらの組み合わせにより物質は様々な性質を有していた。

この世界で一般に物、と呼ばれるものはそういった単位を持たない。それは何処までもアナログで連続的だ。
水は水、木は木、土は土で全くの別物。そこに共通の構成単位は存在しない。

故に我々は、そこに物が在るのだ、と考えるのでは無く、空間におけるある領域がある特定の状態に記述されているのだと考える。
基底としての空間に、ある状態が記述された状態を、我々は属性記述基底と呼ぶ。

この属性記述基底こそがお前達の言う、物質、物、あるいは存在、に該当する。
事実、俺たちも普段は属性記述基底とは呼ばずに、それらの呼称を用いる。

そして、この属性記述基底には重要な性質が存在する。空間の同一座標上に二つ以上の状態を記述する事は出来ないと言う点だ。
言い換えれば、異なる属性記述基底同士は互いに干渉する事が出来る、と言うことになる。

数多の属性記述基底が引き起こすそれぞれ振る舞いを、ある普遍的な特徴として同定し、それを可能な限り定量化したものを状態要素変数と言う。
また、同様に帰属された状態要素変数同士は双方向浸食を引き起こす為、浸食係数、及び、抵抗係数と呼ばれる、文字通り係数を用いる事で相互干渉における測定の精度を向上させた。

これを一連の流れで説明するとだな。例えば水と火を例に出して考えてみる。
それぞれには、ある共通の状態要素変数、一般に温度と呼ばれているものが存在する。
これは、同様の要素へと帰属された、属性記述基底の特徴の一つだな。

これらは双方向浸食を引き起こし、互いの変数を上下させる。
一般に火の温度が下げられ、水の温度は上げられる。

火に着目して考えると、水による被状態要素変数の上書き、つまり温度低下に対する抵抗力を抵抗係数と言い、逆に水の温度を上げる力を浸食係数という。
特殊な手法を用いて、浸食係数並びに抵抗係数のべらぼうに高い水を生成すれば、それはほんの数滴で巨大な火柱を消失させる事も可能であるという訳だ。

そして、それぞれの状態要素変数には許容変化量が存在する。それを超過した場合は状態崩壊を経て、遷移か消失のどちらかに至る。
先の例を挙げれば、水の温度がある特定の値を越えた所で、その属性記述基底は崩壊し、別の属性記述基底へと遷移する。

一度遷移が起きれば、その性質は大きく変化して、全く別の物体が新しく生成される。
これを利用して新たな属性記述基底を次々と発見している連中が一般に錬金術師と呼ばれる奴らだな。

一つの属性記述基底には多くの状態要素変数が存在するが、そのいずれかも許容変化量を超過すれば属性記述基底は遷移、又は消失する。
多くの場合では、非生命で遷移、生命で消失を迎える。

この世界における生命と非生命の区別は、形状の変化を表す状態要素変数の許容変化量の大小から行われる場合が多い。
一般に許容変化量が小さい属性記述基底を生命、大きなものを非生命とする。多くの非生命においては、その変数は無限大になる。

非生命体である石は形が変わったくらいでは遷移を起こすことは無い。
反対に生命体である俺達はある程度の形状変化、例えば胴体の両断等が引き起こされた場合には属性記述基底は消失する。
ここで注意したいのは、お前達の世界でいう身体欠損が死に繋がる事とは似て非なるものであると言う事だ。

お前達のそれは、生命維持を司る機械の一連の流れが断ち切られる事に起因する。
この世界での俺たちの体は、様々な作用を持つ物体の相互作用が結果として生命活動を作り出しているのとは訳が違う。

生命体と呼ばれるものは、それそのものが一個体であり、それそのものが一つの属性記述基底だ。
形状、形は存在の定義そのものであり、その定義の許容範囲を越えた値の変動は、そのまま存在の消失を引き起こす。

これがこの世界における所謂死因と言う物だ。生命と呼ばれる物は、それが存在する為の定義、つまり許容変化量がとてもシビアなんだ。
形状、温度、圧力、もっと広くいってしまえば状態だな、それらの些細な変化が存在の消失を引き起こす。

しかしこれだと、生命があたかも脆弱に思えてしまう。
確かに、許容変化量が小さいという事は、そのまま耐久性に欠くとも言える。

が、先程少し触れた浸食係数及び抵抗係数、特に抵抗係数に関しては殆どの場合で生命が勝る。
これを、俺が金属を殴りつけた場合、を例に考えてみよう。

まずは、形状の状態要素変数による双方向浸食が起こる。この際、高い抵抗係数を持つ俺の拳は殆ど形状の変化を起こさない。
反対に金属は俺の拳による外力を受け、その形状をどんどんと変化させる。やがて貫通するか、もしくは千切れるかで、対象を破壊する事が出来る。

抵抗係数が高い事、これは即ち自らの状態が非常に安定していると言い換える事が出来る。
つまり、お前達の世界で言う、非常に頑丈であるという事だ。

次は、そうだな。亜生命と呼ばれるものついて説明しよう。剥理結晶は知っているな、赤くて、小さくて、正に結晶のような姿をしたあれだ。
あれは生命の属性記述基底が局所的に消失した際に見られるものだ。傷口や、欠損箇所からこぼれ落ちるようにして出てくる。

剥理結晶は体外に出てより、ものの数分で消失する。
が、ある特殊な方法を用いる事で、数日はそれを保存する事が出来るようになる。

それを非生命に浸透させ、加工したものが所謂亜生命と呼ばれるものだ。生命に勝る高い浸食係数、及び抵抗係数を持ち、また高精度の自己修復作用を持つ。
使用した剥理結晶の持ち主を追うように、それもより強く進化して行き、道具、武具の素材としては格段の性能を誇る。

欠点としては、定期的に剥理結晶の補填を行う必要があるという事と、それにより生成出来る数が限られていると言う事だ。
剥理結晶は、言えば生命の漏出だ、無限に採取出来るものじゃ無い。

それと、その道具、或いは武具の作成に用いた剥理結晶の持ち主にしか、それらを使用する事は出来ないという点も大きな欠点だな。
他人が使えば、双方がダメージを受ける上に、本来の性能を発揮しない。

次に考えて欲しいのは存在、についてだ。抽象的な言葉ではあるが、この世界のあらゆる分野ではそれがとても大切に扱われる。
例えば、存在を説明するにあたって、このような考え方がある。

存在とは、我々の主観の内に作られるものだ。与えられた情報から、ある種の規則性を見いだし、そこに境界線を設け、それに様々なタグを添付する。
それらは当人の経験により作成されたラフな分類を用いて参照され、より細分化された集合へと収束する。その終端に至ることこそを我々は、在る、のだと呼ぶ。

だが、この考え方に準じるのであれば、ここで言う存在とは、自分自身をおいて他には無い。
存在とは、言うなれば自分を定義する事だと言える。だからこそ、それ以外、が生まれそこに存在を見いだす事が出来る。

つまり、自分自身の存在を公理とした場合には、その他対象の存在とは見いだすものになってしまうと言う訳だ。言えば相対的存在というものだな。
俺たちの考えはこれとは違う。存在とは普遍的に、唯一無二としてそこに在り、認識という前提を必要としないものだ。

つまりは観測すらしていない万物をも、在るものとして定めてしまおうと言う訳だ。
言えば、絶対的存在。これを我々は乖理質と呼ぶ。確かジナゼルガ地方の言葉だった筈だ。

勿論、全て妄想に過ぎないが、それを在るとし、命名する事であらゆる事をスムーズに進める事が出来る。
また、大衆性を獲得する事で、それが共通認識となり、解釈の自由度故に様々な仮説が跋扈する事を抑止してくれる。

純然たる存在である乖理質が、この世界の理に合わせて体現したものが、普段我々が目にするものの全てだ。
そして、その乖理質には程度の差はあれど、自らの独自性を遵守し、常にそれを保とうとする働きがある。

生命の根元となっている乖理質はその作用が非常に強く、だからこそ生命は高い浸食係数及び抵抗係数を持つとされている。
非生命ではその作用が非常に弱く、それがある種の緩衝帯のような役割を果す事で、大きな許容変化量を持つのだとされている。
また生命、亜生命が持つ恒常性や自己修復力もこれによるものであると考えられている。これらはまとめて乖理質の帰還性と呼ばれている。

亜生命にて武器や防具を作る際には、その造形を乖理質の理想形に限りなく近づける事が最も重要視される。
そうする事で、より強く乖理質の帰還性を享受する事が可能であり、結果として実用的な武具や道具を作る事が出来るからだ。
召喚間際のお前達にとって武具が過剰に華美に見えた原因はそこにある。

ただし乖理質の理想形と、この世界の理における合理的な形状が必ずしも合致するとは限らない。
特に複雑な内部構造を必要とする火器等においてはそれが顕著となる。そこで生まれたのが紋章工学だ。

乖理質の理想型と実際の造形の差異を紋章で以て埋めてしまおう、と言うのがその目的になる。
口で言ってしまえば簡単に聞こえるが、それは奇跡的な均衡の上で初めて成り立つ技術だ。
紋章はあらゆる工学の分野において、その寄与する所が非常に大きい、故に優秀な紋章学者はどこの国でも非常に重宝される。

最後に説明するのは属性記述基底の拡張についてだ。これは生命、及び亜生命の特権であるとされている。
言わんとする所は非常に明確で、自分という存在を極々短時間だけ拡張する事が可能である、という事だ。

特に二次元の属性記述基底の拡張に最適化された道具を剣と呼ぶ。
切っ先より放出される、厚みの無い平面領域で以てして対象の形状変数を書き換える事でそれを両断する事が出来る。

対象が生命なら、変数の許容変化量は超過し消失に至る、つまり殺す事が出来る。
具体的なやり方については後々説明が為されるだろう。

すまんな、長くなったがこれで説明は終わりだ。
なんか疑問があれば答えよう」

ゼンハードは説明を終えると皆を順繰りに見回した。

 

 

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