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8話-リリアside

目前にレイスの車が見えてくる。
ミラの研究室からここまでに要した時間は、行きの時と比較して大幅に短縮されたように感じる。

ミラが手元で何かを操作する。
すると、車のヘッドランプが淡く二度発光し、片側のドア二枚がゆっくりと恭しく開いた。

先程は特に気に掛ける事は無かったが、今こうして見てみるとレイスの車は非常に興味深い造形をしていた。
ボンネットは私が寝そべっても余りある程に長く、その代わりにキャビンは車体後部へと押しやられている。
ルーフは後方へ流れるようにして車体後部へと繋がり、所謂ファストバックと呼ばれるデザインとなっている。

私は車を前方、また後方からも眺めてみる。

全長で六メートルはあろうかという尊大なボディとは裏腹に、その外装は非常にシンプルであった。
同一線上に、まるで帯の様に配置された長方形のヘッドランプ、フロントグリル。
尾部では、線のように細い二本のテールランプが並行に横切っている。

光沢素材は一切使われて無く、また流線的な凹凸も存在しない。
古風というわけでは無いが、その造形はどこか保守的で厳格な雰囲気を滲ませている。
何処かに、ほんの僅かだけ残された活動的でエネルギッシュな残滓が、時折顔を覗かせる様は特に面白い。
造形が人間の感性に訴える印象と言うのは決して画一化出来る物では無いのだろう。

私と姉は車に乗り込む。

一度興味が向いてしまえば、挙動の一つ一つが気になって来る。
空力を考慮しているとは考えにくいアウトラインで、また結構な速度で飛行しているにも関わらず風切り音がしないのは何故だろうか。
一切の振動、騒音を許さず、また恐ろしい程なめらかな加速度をどのような推進装置で実現しているのだろうか。
全ての車がこの水準に達しているのか、あるいはレイスの車が特別なのか。

疑問が生まれれば、ある仮説を立てそれを精査する。
矛盾の有無により結論を出し、姉と議論をする。
思考が既知をはみ出せば、レイスに尋ねる。

それらを繰り返す内に、車外の景色は既にレイバレリーのものへと変わっていた。
レイスの自宅への入り口は廃工場を進んだ壁面にある。

「壁面の穴はレイスが開けたの」

姉が唐突に尋ねる。

「まさか。船内のブロックを隔てる壁はそのまま王国船全体の強度を保つ骨格としての役割も持っているんだ。
それに手を加える事は立派な犯罪だよ。あの穴は元々、船体後部にあったレーダー施設へと繋がる通行路だったんだよ。
今では必要なくなったんだけど、上部装甲板のプラントとの行き来に便利だからお願いして譲り受けたってわけ。
王属って結構便利なのよ」

レイスはバックミラー越しに笑って見せる。

「私も早く欲しいな。王属」

姉が言うと、レイスは声を上げて笑った。

「因みにここからはもう私の私有地だよ。
昔は、何だったかな、確か鉱山採掘の掘削装置を作っていた工場だったはず。
設備一式もまだ生きているし、倉庫には大量の原料が眠っている。
これがまた色々と便利なんだよね」

辺りを見渡すと、ちょっとしたコンビナート程の規模を持った、今は使われていない工場が広がっている。
確かに、格納庫のような倉庫の入り口からはブルーシートに覆われた資材のような物が確認出来る。

レイスの車はそのまま工場を抜け、壁面に設けられた、見るからに頑強なシャッターの前まで来る。
恐らく何かのセンサーで情報を読み取ったのだろう、目前のシャッターは周波数の低い音を立てながら、中央を境に割れるように開く。

「ここが本当の意味での玄関になる。部屋にも、上のプラントにもここを通らない限りは辿り着けない。
後で二人が自由に出入り出来るように設定をしておこう」

レイスはそう言うと車を僅かに加速させる。

広辞苑二冊分程の厚みを持ったシャッターをくぐり、橙色灯の続くトンネルを数メートル程進み、大型の工業用昇降機に車を停車させる。
昇降機は一度大きな音を立てると最初はゆっくりと、徐々に加速しながら壁面の最上部へと登って行く。

エレベーターシャフト内に等間隔に並んだ緑色の照明は、もはや線となって下方へと流れている。
数分ほど経った所で加速度は減少して行き、やがてレイスの自宅へと繋がる扉が目前に現れる。

シャフトの最上部はガレージを兼ねており、壁面には自動車の整備に使われるであろう様々な工具が吊されている。
レイスはリビングへと通じる扉を開きながら、ドアマンの様に私たちを迎え入れる。

「おかえり」

レイスが言う。

「ただいま」

私たちが返す。まるで胸骨の剣状突起が軽くなったかのような感覚を覚える。
なんだかこそばゆい。

「正面のその扉は何処に通じているの?」

姉が尋ねる。

左の扉はデッキ、右がプラントへ向かう昇降機に続いている事は既に知っているが、ルビアが示した扉の行き先を私達はまだ知らない。

「その先はキッチンがある。開けてごらん?」

扉の先にはリビングと同程度の広さを持った空間が広がっていた。

業務用サイズの冷蔵庫と結構な面積を持ったカウンターキッチン。
様々なドリンクが並んだセラーに数多くの調理器具。
部屋の隅には、一つ足のテーブルと一脚の椅子。シンクには三日分程の食器が溜まっていた。

また、その部屋には入り口を背後にして左手側に一つ、正面にも一つの扉が設置されていた。
私はその行き先をレイスに尋ねる。

「左は寝室、奥には浴室がある。部屋はそれで全部だよ」

レイスが答える。

寝室には大枠の窓とベッドと、部屋の四隅には空調設備が設置されている。
浴室には複数人が同時に入浴出来るであろう円形の多機能バス。

設備の一連の操作を教えて貰うと、皆でリビングへと戻る。
私たちとレイスは、テーブルを挟み、互いに向かい合うようにソファへ腰掛けた。

「今日はお疲れ様だね。一日で随分と色々な体験をしただろう。
環境との同調が無事に済んだ事は非常に喜ばしい。エルメルはそれが上手く行かずに結構な人が命を落としてしまったから、ミラに感謝だ。

後二つだけ、二人に説明しておきたい事があるんだ。もううんざりかもしれないけど、とても大切な事だ。
推奨捕食対象生物群とこの世界の形状について」

私たちは一度顔を見合わせると、再びレイスに向き直る。

「この世界における全ての生命体は通常の食事に加えて、他の知性種族の剥理結晶を定期的に吸収する必要がある。
例えばエルメルがティニーシアと呼ばれる種族の剥理結晶を効率的に吸収出来る場合、エルメルにとってティニーシアは推奨捕食対象生物群に該当される。
この逆、つまりティニーシアからみたエルメルは哨戒対象種族と呼ばれる。

そんな関係が数多の知性種族間を繊維のように繋いでいるものだから、この世界ではちょっとしたいざこざはおろか、王国船同士の衝突だってごく頻繁に起きている。
剥理結晶の吸収とは、つまり相手を殺傷するか、そうでなくとも大きく傷つける事を意味しているからね。

次にこの世界の形状について説明したい。

君達のいた地球と違って、この世界は底面が半球状の円柱形をしているとされている。
この半球部分だけでも既に地球の表面積とは比較にならない程の大きさがある。
また、新生種族が召喚される際には多くの場合でこの半球の大地の何処かに召喚される。二人は例外だけどね。

そしてその半球の大地の円周部から、円柱でいう側面にあたる大地が延々と伸びている。これがどれくらいまで続くのかはまだ分からない。
二人のいた世界の歴史を何度も繰り返せる程の長い年月をかけて先へ進んではいるけども、その終点には未だ至っていない。
反対側の部分を、つまり円柱の上面を直接確認したわけでは無いから、円柱形をしているとされている、と推量の表現を使わせて貰った。

この世界のことを我々はエルレライと呼んでいる。
発音の差で違う聞こえ方をする場合もあるけど、大体どの地域、種族においてもこの呼称が用いられる。
古代に使われていた言語で、今となってはそれが何を意味する言葉なのかは分からない。

知性種族とそれが属する王国船は少々の例外を除けば、エルレライの奥へと進んでいる。
奥地であればある程、採取出来る材料の性能が良くなるからだ 。

工業が発展すれば、それに付随して武力も成長を遂げる。
強い国であれば他種族の剥理結晶を安定して吸収出来る。
この世界においては生きる事と船を進める事は切っても切れない関係にあると言うわけだ。

とまぁ、そんな訳だから、今この瞬間からあらゆる危機管理を改めて欲しいんだ。
君達の世界の、二人が居た国の話を聞くに、それが十分であるとは思えない。

外に用がある時は必ず私に声を掛けてくれ。ここ、レイバレリーはお世辞にも治安が良いとは言えない。
護身の手段が整うまでは色々と不自由な思いをさせてしまうかもしれないけど、少しの間だけ我慢して欲しい」

「分かった」

私と姉の声が重なる。
レイスは僅かな笑みを零す。

「よし、そうしたらお風呂に入っておいで、バスタオルの場所は教えよう。
あと、そうか、下着とかパジャマは今日だけは私ので我慢してくれ。サイズが大分違うと思うけど、なんとかなるでしょう」

レイスが言う。

一刻の空白。

「ごめんなさいレイス、私たちだけじゃお風呂には入れないの」

私が言うとレイスは一瞬だけ驚いたような表情を浮かべる。
それから唇を結び、視線をゆっくりと落とす。浮上した幾つかの仮説を評価しているのだろう。

「水が怖い?」

悪戯な笑みを浮かべるレイス。

「そう、水。私たちは体表に刺激がある中で目をつぶってしまうと平衡感覚を著しく損なってしまう。
一度、それで怖い思いをしているの」

私が言う。

「と言う事は、いつも誰かに協力して貰っていたの?
もしくは、そういう設備があった?」

「人を雇っていたの」

レイスの質問に私が答える。

「そうか、それは大変だったね。
いいよ、皆で一緒に入ろう。あの浴槽にはそれくらいが丁度良い」

それから私たちはレイスと共に浴室へ向かう。
脱衣所で服を脱ぎ、バスルームへ入る。

いつも通りに、私と姉は向かい合うようにして座り、互いの手を握り合う。
こうすれば洗髪中に目をつぶったとしても後ろに倒れてしまう心配は無い。

レイスは私の後ろに立つと、頭、体をゆっくりと丁寧に洗ってくれる。
水や泡が顔に跳ねないようにと、可能な限りの配慮をしてくれているのが分かる。
私を洗い終えると、レイスは姉の後方に回る。私で慣れたのか、要した時間は少し短くなっていた。

「よし、これで完璧だ。そうしたら、湯船に入っていればいい」

レイスはそう言って自らの体を手早く洗いだす。

「それにしても、二人の髪を洗った後だと自分の髪が随分と楽に感じるね」

レイスが自らの髪を洗いながら喋る。密閉された空間の独特の響きが混じり少し聞き取りにくい。
私たちの髪は一般の基準で言えばかなり長く、腰の下まで毛先が伸びている、その事を言っているのだろう。

「確かに、洗う側からしてみれば大変かも」

姉がそう言って私の髪を弄る。

「そういえば、今朝二人に出会った時に感じた違和感の正体がついさっき分かったよ」

レイスは髪をすすぎながら言う。

「違和感?」

私は尋ねる。

「そう、違和感って言うと少し違うかな。なんというか現実的でないというか。
とにかくその正体は頭身だと思うんだ。つまり頭と体の比率のことね」

「頭身」

姉と言葉が被る。

「そう、頭身。ヒト種であれば成熟の過程で、体に比べた頭の比率はどんどんと小さくなってゆく筈だろう。
二人は各所に幼体の特徴を色濃く残したまま、頭身だけは成人のそれと変わらない。例えば、私の体がそのまま縮尺されたみたいにね。
後は、振る舞いや言動もその違和感に拍車をかけているのかも」

レイスは体についた全ての泡を洗い流すと、浴槽の姉の隣に腰掛ける。
それから足を思いっきり伸ばし、息を大きく吐き出す。

「出生が少し特殊だからだと思う。体の成長は多分ここで終わり」

姉が答えると、レイスは何度か瞬きを繰り返す。

「それは、中々興味深い話が聞けそうだ。今度、よければ聞かせてくれ」

レイスが言う。

十分程経った所で体の火照りを感じたのでレイスにそれを告げる。
恐らく、私たちに合わせてかなりぬるめに設定されているであろう温度ではあったが、それでも軽くのぼせてしまった。

レイスが先に浴槽から出て、私の手を引いてくれる。が、足に思うように力が入らない。

「あれ、体が弛緩しちゃったかな。どれ、ちょっといいかな」

そう言ってレイスは私を横にして抱き上げる。
浴室に出ると、一度膝で私を支え、素早く片手でタオルを掴み、私の体に被せる。

そのままリビングに連れてゆくと、静かに私を下した。

「そうしたらルビアを連れてくるから。体は早く拭いておくんだよ。
床はいくら濡らしてもいいけど、滑らないようにね」

レイスはそういって姉の元へと戻る。
ミラもそうであったが、女性では考えられない体力である。
持ち上げる事自体は出来ても、あれ程スムーズに人体を運搬出来るものだろうか。
レイス、ミラが特別なのか。あるいはこの世界ではそれが一般的な事なのか判断がつかない。

レイスは姉をここへ連れてくると、再びドアの向こうへと戻り、パジャマと下着持ってきた。

「ごめんね、丁度良いものが無かったから、下着はスリップで我慢してほしい。
裾を捲れば使えない事は無い。少しだけお腹周りがごわつくかもしれないけども」

レイスはそう言って、手に持った二人分の衣類を差し出す。

「ごめんなさい、レイス。私たち片足立ちが出来なくて、手伝って貰える?」

姉が言う。

「そうか、それはそうだよね。そうしたら、リリア、私の肩に手を置いて貰える?」

レイスは私とルビアに手早く服を着せた。
それからコップ一杯の水を飲み、皆でベットルームへと向かう。

寝室のドアを開けると、窓から侵入した涼風が吹き抜け、火照った体を心地よく冷やす。
キングサイズよりも大きいであろうマットレスには、まるで入道雲のような豊かに膨らんだ掛布が置かれている。

私たちがベッドに横たわると、微弱な振動の後、クッションの応力が僅かに変化する。
レイスは壁際の操作盤を弄っている。私はその意図をレイスに尋ねる。

「初めて使う機能なんだけどね。体が冷えるといけないから、体温を一定に保つ機構を有効状態に切り替えてるんだよ」

操作を終えたレイスが私の隣に横たわる。左を見ると、姉は既に目を瞑り一言も喋らない。

「もし何かあれば気兼ねなく起こしてくれてかまわないよ。光量の希望は?」

私は何でも良いと答える。

「よし、一応常夜灯をつけておこう。それじゃお休み」

レイスが言う。私は同じ言葉を返す。
既に意識には、決して弱くない懸濁が感じられる。

私は数回、体を動かして掛布をなじませると、体を横にしてから瞼を閉じた。

 

 

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