現在、継世を執筆中です。https://ritsuri.com/novels-list/tsuguse

9話-シエラside

ホテル、もとい自宅の裏手に回り、所々舗装の剥がれた道を進む。
倒壊した高層ビルを横切り、高架橋を潜り、宿泊施設のロビーを抜けて行く。
そのどれもが表皮に苔や草を纏い、停滞した時間の流れを周囲に滲ませている。

遠くに見えていた小ぶりの連峰が、今は目の前にある。
真下から見上げればそれなりの大きさは感じるものの、実際の標高は百メートルも無いだろう。
その山体を反対側までトンネルが貫通している。横幅は三メートル程しか無く、車が対向すればすれ違う術は無い。

一歩足を踏み入れると、内部は地中独特の温度と吹き抜ける風により、外気温よりも大分涼しくなっていた。
また、百メートル程先には出口から漏れる光が小さく見えている。

「結構歩くな」

ハーツが呟く。

ゼンハードから送られてきた地図を見るに、行程の大半は既に終えている。

「ここを越えればもう校舎が見えるはず」

俺の声はトンネルの内壁で反響する。

「時間は大丈夫かな。登校初日から遅刻は中々注目の的だよ」

ルナリカは携帯端末から目を離さずに言う。

「大丈夫だと思う。ここから迷う事も無いだろうし」

ハレが答える。

「それにしても、俺たちが六年を暮らした環境と比べると考えられない景色だよな。地球とあまり変わらない」

ハーツの声は、その声量のせいか反響が大きく、少し聞き取り辛い。

「私たちの家の近辺と、学校のその少し向こうまでは、自然管理区画に該当するみたいですよ。
なんでも、天然の光により生育された植物と、王国船内部の人口の光によって育てられたものとを比べているとか何とか」

ハレが言う。

「私は中の方が良かったな、外は蒸し暑い」

ルナリカがぼやく。

それから数分、出口を抜け開けた景色に、皆が思わず感嘆の声を漏らす。
黄金色の穀物畑に彩色豊かな花畑、様々な水生植物が浮かぶ湿地に、晴天を映し出す凪いだ田園。
それらは低山に囲まれ、広大な盆地となっている。左前方の山肌に見えるのは横長の湖。

中心には野球スタジアム程の大きさを持った校舎があり、そこから伸びる幾本かの桟橋にはちらほらと登校する生徒の姿を確認出来る。
俺たちはトンネルの出口から程近い桟橋を渡る。

建物の近くまでやってくると、壁面に入り口への案内看板を見つける。
外見を見るに校舎は円形なのだろう。

看板に従って校舎の外壁を右回りに進み、二つあるという入り口の一つにたどり着く。
大きな庇のせり出した昇降口に入り、直ぐ右手側の受付でトークンを認識させる。

説明員の女性から配当クラスとその教室の場所が記された冊子を受け取る。
校内は幾人もの生徒のそれぞれの会話が混ざり合ったノイズで満たされている。

「教室が丁度反対側なので、この中庭を進む方が早そうですね」

ハレが言う。確かに、手元の地図を見るにそのルートが一番効率的である。
扉を開き、芝生の敷き詰められた中庭に出ると、その対面の入り口へと向かう。

青々とした芝生はクッション性が高く、非常に上質である事が窺える。
面積は四方にして百メートルと少しはあるだろう。

対面の扉を開け、中へと入る。それから階段を使い三階へと上がる。
扉上部のクラス表示板から三の文字が書かれたものを探す。

「えっと、ここだね」

ルナリカが言う。

引戸の扉を開け、教室内へと入る。喧騒が一度小さくなり、視線が集まる。
再び、自分の属する集団の談話に戻る者も居れば、こちらから目を離さない者も居る。

錆色の皮膚と黒色の瞳を持った者がいる。その手足は長く、関節部からは鋭い突起物が伸びている。
頸部を覆い隠す程に肩の筋肉が隆起した者がいる。その体躯は大きく、三メートル近くはあるのではないだろうか。
また、最前列で対話をする小柄な二人組は、その体表がふんわりとした白色の長毛に覆われている。

教室前面のパネルに映し出された座席表を参考に、定められた席へと向かう。
窓際の最前列二席とその後列が俺たち四人に対する振り分けであった。

俺の右にハレが座る、前方にはハーツ、右前にルナリカとなる。
後ろの席は、エルメルに良く似た種族、あるいはエルメルが二人座っていた。

それからほどなくして、教員であろう人物が教室に入ってくる。
白髪白肌、赤い目を持ち、両手には非常に分厚いグローブをはめている。
容姿から見るに性別は女性で、歳は同年くらいだろうか。

女性は自らをアンティートと名乗り簡単な自己紹介を加える。
その声は非常に淡泊であり、音程の起伏に乏しかった。

「次にこの学園についての説明をします。
新生種族であるエルメルには馴染みの薄い事ではあるかもしれませんが、ここリベルトレイドでは生涯学生である事が義務付けられています。
王属を除いて老若男女全ての国民が何かしらの学校機関に生徒として籍を持っていると言い換えて良いでしょう。
その為、リベルトレイド王国船内には研究所を含めたあらゆる複合学業施設が存在します。

ここ、白里はくり学園は全学校中で最も高所に位置し、またフロア天板突貫校舎を持つ唯一の学園となっています。
王国船がブロックを単位として船内を壁で区分けしている事は周知だと思いますが、この学園はその天井板を貫通する形で存在しています。
校舎の上端は王国船の上部装甲板の上へと、下端は下のブロックへと抜けており、校内のエレベーターを利用すればそれらを行き来する事が出来ます。

今現在居る場所は、見れば分かるとは思いますが校舎の上端に当たる、白里自然公園となります。
ここら一帯は我学園の私有地であり、本校の生徒であれば何時でも自由に公園を利用する事が可能です。

では次に実際に下のブロックへと降りてみましょう。
ここ、自然公園エリアは物品の購買に関してあまり便利では無いので、何か必要な物があれば下方へ降りる事をお勧めします」

アンティートはそう言うと、教室のドアを開き廊下へと出る。
俺たちも、その他生徒もそれに続き、廊下で一列に並ぶ。

アンティートが歩き出すと、皆がそれに続く。

「本来、上部装甲板は船体防衛の観点から非常に厳しい規制が敷かれており手を加える事は勿論立ち入る事すら容易ではありません。
しかし今現在向かっている下方のブロックは本来の船体では無く、外付けの拡張ブロックをマウントした状態となっている為、厳密には外部と見なされています。
その為フレームや壁面の強度基準が緩く、それ故にその上部に天板突貫校舎を施工する事が可能となったのです」

アンティートは歩きながらも淡々と説明を続ける。
後ろを向いて様子を伺ったり、質問を促したり、また感想を求めたりといった事は一切しない。

階段を用いて一階、更にその下へと降りる。
地下部は地上フロアに比べて一層の幅が広い。

地下一階には、通常の座学では用いない特別な用途を持つ教室が幾つか用意されていた。
また何かを保管しているであろう倉庫もちらほらと確認出来る。

もう一層降ると、直径二十メートル程の円形縦坑と、その周囲をぐるりと取り囲んだ足場が見えてくる。
木材を中心とした地上の校舎とは打って変わって、四面がコンクリートで覆われている。

「つきました。ここが下方へ向かうエリア昇降シャフトへの入り口です。
これは君達生徒の権限では任意に動かす事は出来ません。三十分の間隔で行き来を繰り返しているので、その時間に合わせて使用するようにして下さい」

アンティートが携帯端末を操作すると、上方壁面の四方に取り付けられた大型の送風機が音を立てて回り出す。
次いで、シャフトの底から重苦しい何かの可動音が聞こえると、周囲の空気が上方へと流れる。
恐らく昇降機の上昇がピストンとなり大量の空気を押し上げているのだろう。また上方の送風機はそれにより生じる気圧差を解消する設備なのだろう。

昇降機は数分でここへ到着した。円形縦坑の内径よし少々小さなそれに、足場から伸縮通路が接続される。
ゲートの大きさは我々エルメルの基準で言えば不必要に大きいが、それは様々な種族が使用する事を念頭に置いての事だろう。

昇降機は数分降下した後、減速する。
扉が開き見えた景色は、上方のそれとは似ても似つかぬものであった。

搭乗口の正面より伸びる幅十メートル程の足場、その両端に手すり。
終端に見える壁までは三十メートル程。

そして両方の手すりの奥、その遙か下方に見えるのは石材を中心として構築された街。
ここは下方ブロックの天井部に取り付けられた、乗り換え施設のようなものなのだろう。
手すりが随所可動構造になっており、大型車がその場所に停留すると思われる。

「先程、空路トレーラーを呼び出しておいたので数分で到着するものと思われます。
通常は昇降機の可動に則った運行を繰り返しています」

トレーラーは彼女の言うように、数分でやってきた。
客車部を動力部が引っ張る形式をとっており、全長は停留場にギリギリ収まる程度である。

全員が搭乗を完了すると、トレーラーは半径の大きな螺旋を描きながら、緩やかに降りて行く。

「ここは我がリベルトレイド王国が誇る、船内でも有数の学術都市、ダレンメルテでございます。
大穴街と呼ばれたりもしますが、その所以があれです」

アンティートが示す方向には一切の壁が無く、彼方まで広がる雲海と大粒の恒星を見ることが出来る。

「ここでは作用波形に局在性が見られる紋章と、そのパターンを高精度で追従する事の出来る楽器の研究が盛んに行われています。
紋章の規則性から振動への変換はアナログ的手法で行われ、この際に如何にして情報量の損失を抑えるかが街全体の課題となっています」

アンティートはやはり、誰の反応を見るでも無く淡々と説明を続ける。
個人としてそのような性質を持っているのか、はたまた種族に共通したものなのか、現段階では判断が出来ない。

トレーラーの高度が下がって行くにつれて、詳しい街の構造が見えてくる。
全形としては、大穴の方を向いたひな壇構造とっており、各段毎には主要機能の異なるであろう建造物群が広がっている。

各層には、その両端を結ぶように幅の広い大きな道が横切っており、それを挟むように方形横長の複合施設が並んでいる。
街の中心を縦に走るのは、他よりも殊更大きな道、もとい坂道。

いよいよ床面に接近したトレーラーは、円形の広場の中心に停車し、両側のドアを開く。
広場の周囲は柵で囲まれ、その一部に設けられたゲートの上方には白里学園空路トレーラー停留場との文字が見える。

皆が降車を終え、最後にアンティートが出てくる。

「ただ今より白里学園経営の、また、提携の施設を案内して行きます。日用品の購入は全てこのいずれかで賄えるようになっています」

アンティートはそう言ってから、足早に歩き出す。
皆もそれに続く。

「シエラさん、これ、見て下さい」

ハレが手に持った携帯端末の、その画面をこちらに差し出す。
モニターに映るのはダレンメルテの地図。

「この街、五段構造になっているみたいですよ。一から二段目までに集まっているのは主に商業施設、三から四段が工場施設で、五段目は研究施設が殆どだそうです。
といっても完全に分化されている訳では無いみたいですね。そのような傾向があると表現するのが適切でしょうか」

確かに、建造物に阻まれて明確ではないものの、各段の境を数えてみると丁度五段あるように思える。
また、上方から見た際に関所のような構造は見られなかったため、各段の行き来は自由に行えるのだろう。

「それにしても、建築と移動に使われている技術のギャップが凄まじいよね。石材を積み上げて作られた建造物の傍らで、個人車両が空を飛んでいるんだから。
俺たちが知らないだけで、何か合理的な理由が存在するのかな」

俺はふと気になった事をハレに訪ねて見る。

「ソエマの帰還性を目的としての事だと思います。ゼンハードさんの話を聞いてから気になって調べてみたんです。
あの時は武器や防具を例に出されてましたけど、それよりもっと大きな物、例えば乗り物や建物、街や王国船までもがその影響を受けるみたいです」

「それってつまり、理想形に近い姿で街を作れば、より強固に出来上がるって認識で合ってるよね」

「私もそう思っていました。構造力学的に有利な形を目指すよりも、ソエマの理想形と呼ばれる形に近づけた方が、結果としてより剛性の高い物が出来上がるのだと。
何処までも連続的なソエマの理想形を完全に真似る事は、加工精度の問題から非常に難しいのだと」

「違うの?」

「違ったみたいです。
私たちは、色や形、重さ、材質といったものでしか存在を認識出来ません。もっと言えば私たちの中に生じ得るクオリアで以てのみ何かを感じているのだと言えます。
でも、ゼンハードさんの言っていたソエマの理想形というのは、もっと概念的というか形而上学的というか、私たちが知っている狭いクオリアの世界では定義出来ない程に大きな意味を持つ言葉だったんです。

でも、この世界で生きる私たちにそれを理解する術はないので、だから形や色、材質、匂い、手触り、或いはデザイン、コンセプトといったもので可能な限りその理想形に近づこうとするんです。
つまり、ソエマの理想形と呼ばれるものと、私たちの出来る事の全てには次元の隔たりがあるんです」

「そうすると、シンボルと表現するのが一番適切な気がする。ただ、シンボルとその対象の接続は人々の間で普遍的というわけじゃないし、勿論絶対的なものでもない。
生得的でもないな、多くの人がそう感じているという客観から学習してゆくものだろう、あれは。
でもゼンハードさんの話を聞くに、ソエマの帰還性はそんな曖昧なものじゃない」

「でも、私はそれが一番近い気がします。より的確なシンボル程より大きな力を持つ、この理解が私の関の山です。
台座に登った少年がさてとあの星もう僅か、ですね」

「それは知ってる。確か、昔の有名な学者が当時の思い上がった紋章学者達に対しての皮肉を言った言葉だったよね」

「そうです。台座とか少年とか星とか、言葉の選び方がもう意地悪ですよね」

ハレが笑う。

アンティートは十数個程の白里学園と関わりがあるという店舗を紹介して回った。
街は一層でさえ広大な面積を持っていたが大きな一本道とその左右に立ち並ぶ店という構造は始終変わらない為、必要な移動距離を除けば非常に簡潔に買い物を済ませる事が出来るだろう。
建物はどれも大型で方形横長、一階部と二階部には主に商店が詰め込まれ、三階部以上は住居となっているらしい。個人の所有であろう建造物は少なくとも目にした範囲には見当たらなかった。

道の中央には食品を取り扱った出店が幾つも並んでいる。ここでの飲食は露店で購入した食べ物を、近くに設置された簡易デッキで済ませるというのが主流らしい。
チープな形態とは裏腹に、放置されたゴミは微塵も見当たらず、またあらゆる設備も非常に清潔が保たれている。

どの場所も人口密度が高く、街中央の上り坂、所謂メインストリートではそれが顕著である。

「次に種族に固有で必要な物品の購入店舗を紹介したい所ですが、こちらは全てをカバーし終えるのに多くの時間コストを要する為、今回は省略させて頂きます。
少しだけ説明をさせて頂くとすれば、利用者の限定される物品の多くは表通りを少し離れた場所で主に販売されていると言う事です」

そう言ってアンティートが指さしたのは、街の奥方向、つまり大穴とは反対側の建物の、その切れ目に敷かれた路地。
そこへ歩き出すアンティートに皆が続く。

路地の先には、つい先刻の道よりも大分幅の狭い道が横切っていた。取り囲む建造物の高さに対して道の幅が狭い為に、表よりも少々薄暗さを感じる。

「先程の道が表道ひょうどうと呼ばれるのに対して、ここは裏道りどう等と呼ばれています。
因みにここから中央の坂道、主に本道と呼ばれますが、そちらへの接続はありませんので階を移動する際には一度表道に戻って頂く必要があります。

表道に関しまして、街を正面に見て本道の左側を左表道、右を右表道と呼び、また二階層部では二層右表道といった名称になります。
裏道の場合も基本的な命名規則は変わりません。よって今現在いる場所は一層左裏道となります。

ここの住人は位置の説明にこれらの呼称を用いるので、覚えておいて損は無いと思われます。
より詳細な場所を伝えたい場合には表裏道の各所に置かれた本道からの距離表記板を用いるのが一般的になります。

では、要件はこれにて終わりましたので、教室へ戻りたいと思います」

アンティートはやはりそそくさと歩き出す。

停留場への帰路、その最中にふと視線を上げると、大穴の付近をまるで蚊柱のように飛び交う大小様々な飛行物体が目に入る。
恐らくあの大穴は日夜大量に出入りする原料や製品の出入り口としての役割も果たしているのだろう。

「シエラさん、この街は光芒が綺麗に見える事で有名みたいですよ。
明け方と夕刻に、研磨造形の副産物である微粒粉末と、消熱液のスチームが一斉に排出されるらしいです。
この時、大穴から差し込む自然光と、これらの微粒子が反応して光の柱を見せてくれるみたいです」

ハレがこちらに向けている端末の画面には、確かに非常に見事な光柱が映し出されていた。
太さも色も均一でない数多の光が、皆一様の角度で街に差し込んでいる。

「こんど皆で見に行ってみましょうよ。
消熱液の影響で気温が大分下がるみたいなので、防寒具を持って」

俺が頷くと、ハレはハーツの所へ駆け寄って行く。
恐らく、同じ話をハーツにもしているのだろう。ハーツは意外にもハレの話に興味を示してる様子であった。
ルカリカがハレの隣から画面を覗き込む。ルカリカはこれといって表情に変化は見られない。

目前の停留場には既にトレーラーが停車していた。

 

 

目次へ戻る

 

Advertisement