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16話-リリアside

「リリア、ルビア、廃棄区画で発見された正体不明の通信中継塔を破壊する依頼が流れて来たんだけど、一緒に遂行してみない?」

朝早くからミラの研究の補佐として三番街へ出かけていたレイスが、玄関の扉を開くなり言う。

私たちは二人で読んでいた本を卓上に置き、レイスの方へ目を向ける。
レイスの背後にはミラが立っている。共にここへやって来たのだろう。

「ラプツァニカを受け取ってより二週間、通常ではあり得ない早さでの実戦投入ではあるが、君たちならば問題は無いだろう。
今回の任務は特別な事でも起こらない限り危険は存在しない。念のためシェダーシューンから顔見知りの護衛を借りてある」

ミラは言いながら、レイスの横に並ぶ。

「やってみようか」

姉が言うので、私は首肯する。

「そうしたら早速出発しよう。その廃棄区画は隣のブロックだから車で一時間もすれば到着する。二人とも準備しちゃって」

レイスが言う。

私たちはシェダーシューンから貰った黒色の部屋着を脱ぎ、ラプツァニカに着替える。
それから姉と向かい合い、互いに着衣の乱れが無いかを確認する。

レイス達は既に支度を済ませているようで、私たちの用意が終わると直ぐにレイスの車に乗り込み、家を出る。

「一応、二人が解錠可能か確かめておこう」

エレベーターを降下した後、前方を塞ぐ鉄製ゲートの目前でレイスが言う。

「先週に解錠図形を覚えて貰っただろう。それを表象として再現してくれ。
許容誤差は限りなく小さく設定しているから、少しだけ難しいかも。そうしたら、ルビアやってごらん」

レイスが言うが早いか、目前を塞ぐゲートが重低音を伴って縦に割れる。
奥に見えるのは廃工場。シェダーシューン宅へ行って以来、外へ出る機会は無かった為に、この景色を見るのは三度目である。

「流石だ」

ミラが言う。

「ここを開けられる人物が五人に増えた」

レイスが嬉しそうに呟く。レイスとミラ、私たち、それからシェダーシューンだろう。

「次はこの車の運転を覚えて貰いたいな。そうしたら楽でいい」

レイスは言ってから車を進める。

「レイス、例えばリリアが車を運転したとして、そうすれば私たちのどちらかは後部座席に座らなくてはならない。
体の大きさが平均の範疇に収まる私たちであっても、あの座席は窮屈だ」

ミラが言うとレイスは確かに、と言って笑う。

私はリアガラスから後方のゲートを確認してみる。
それは閉鎖の最中であり、通過を認識して自動で扉を閉める仕組みを有する事が分かる。

「この車はレイスの異系間ゲートウェイ操作を動力として動いているの?」

姉が質問を口にする。

「そうだよ。市販のものよりは断然情報処理の量が大きいけど。それがどうしたの?」

「だとすれば、この車には調和ソエマが内包されていて、レイスにしか扱う事が出来ない?」

「ああ、なるほど。確かに調和ソエマであれば、それと同調可能な人物にしかこの車を動かせないという事になる。
でもこの車に限らず、多くの乗り物にはアールログレイターが搭載されているから、起動さえ出来れば誰でも運転出来る」

「アールログレイター?」

私と姉の声が重なる。

「そう。アール、ログレイターだ。これは商標名で、どこかの国の言語で万能の翻訳者という意味を持つ。
正式名称だと、ミラ、なんて言ったっけ」

「バイナリツリーソエマリレー機構」

「それだ。

調和ソエマとは言えど、そこに僅かな差は存在するだろう。
その僅かな差を数多繋げる事で、結果、大きな差を持つソエマ同士を繋げる事が出来ると、そういうものだ。

一言で片付けてしまえば、ソエマの変換器みたいなものだよ」

「異系間ゲートウェイ操作をエネルギー源とするもの全てにそれを使えばよさそうなものだけど」

私が言う。

「即応性に欠けるんだ。情報交換の全てにソエマリレーを挟むからどうしたって入出力のディレイが大きくなる。
それに効率がかなり悪いんだ。だからまともな出力を出すにはカオスアンプが必要になる。

このカオスアンプは武器に仕込める程小さくはないし、乱雑に扱える程頑丈でも無い。加えて作動させるにはかなりのエネルギーがいるんだ。
この車が私の異系間ゲートウェイ操作を動力にしているにも関わらず、外部からのエネルギー供給が必要な理由がそこにある。

全てを一式組み込んだ場合、それはもうとてもじゃないけど携帯可能なものでは無くなってしまう」

レイスが答える。

「起動時における最適ルートの選定は、葉に該当するソエマへの同時同調、あるいは総当たりにより行われる。
アールログレイターとしての精度や、起動時の要求情報処理量、また消費エネルギー等は二のN乗数に比例する。
Nには根から何れかの葉へ至る際に経由したノード数に一を加えた数、レベルが代入される」

姉が隣で呟く。一昨日読んだ本を内容が変わらない範囲で要約したものだろう。私も該当ページを思い出してみる。

「そうだ。それがバイナリツリーソエマリレー機構の大雑把な仕組みだ。
なんだ、知っているじゃないの」

レイスが言う。

「いいえ、それが何なのかは良く分かってはいなかったの。ただ覚えていただけ」

姉が返す。

「君たちは理解よりも先に記憶をするのかい」

ミラが尋ねる。

「学習の本質は記憶でしょう。要因が揃えば理解は自動的に成される」

私が答える。

「理解とはつまるところ索引だ。それが無ければ思い出すという事が出来ないだろう。
自分が正しく索引を立てる事の出来る知識から順接して行くのが有意義な学習だと思うが」

ミラが返す。

「仮の索引を立てる際の鋭さと、それを決して事実とは混同させない方法を、私たちは子供の頃から良く学ばせられた。
ある程度学習が進み、結晶性知能が一定の成長を遂げれば、仮の索引を立てる際のルーティンそのものも更新する事が出来る。
それを繰り返していれば、学習する為の学習が可能になるでしょう」

姉が言う。

「誰しもが少なからず行っている事だとは思うが、それそのものを意識して学習するとは珍しいな。
それともう一つ、君たちに尋ねてみたい事がある」

ミラの問いに対して、私たちは先を促すように相槌を打つ。

「君たちはこの世界にトイレが無い事をどうして疑問に思わなかったんだい?
このような話題が君たちの居た世界ではセンシティブに扱われる事は承知している。
答えたくなければ答えなくてもいい」

「私たちは地球にいた頃にも、この世界における殆どの生物がそうであるように、排泄を必要としなかったの。
その機能を生まれつき有していなかったというのが正しいかもしれない」

私が答える。

「私もレイスもある程度地球の事については学んできたが、そうするとどのようにして生命維持のエネルギーを摂取していたのかについて疑問が残る」

「専用の栄養剤を経口摂取していた」

姉が答える。

「二人の出生は本当に特殊だったんだね。
はじめは何かの間違いだと思ったんだけど、二人は本当にエルメルでは無いのかも知れないね」

レイスが言う。

「そうかも知れない。私たちを取り巻く環境の全てが普通とは違っていたから。
とても恵まれてはいたんだけど」

姉が言う。

「恵まれていたのか。そうか、それは良かった」

レイスが言う。

車はブロックの壁面に沿って進んで行く。やがて道路が途切れ、デッキの切れ目にやってくる。
路面上数センチを滑空していた車はそのまま進行し、中空を行く。

下方には幾層もの超大型デッキと、その上に乗っかる都市、それらを繋ぐブリッジ。
巨大な起重機と、その鉄柱の上に密集するバラック。

現在は使われていないであろう大規模昇降機の、これまた大きな釣り合わせの重りが支えを失いぶらぶらと揺れている。
側面に広告を貼り付けた飛行物体がゆっくりと飛んでいる。それに飛び移ろうと四苦八苦している子供達の姿も見える。

「ここの最下層はどうなっているの?」

私はレイスかミラかに訪ねてみる。

「レイバレリーのブロックはかなり縦長でね、一番下の方なんかは殆ど廃棄区画みたいな物だよ。
実際に行った事はないんだけど、話によるとユ人が住み着いていて、闇市が広がっているとかなんとか。

ユ人っていうのは人種なんだけど、私たちと比べてかなり体が大きくてね、それから種族の傾向として暴力的な側面がみられる。
とにかく下へ行けば行く程に治安は悪化するから、あまり降りない方がいい」

レイスが答える。

車は始終スピードを変えずに進み、やがて何の起伏も見られなった壁面には、四辺で五十メートル程の方形ゲートが見えてくる。
下辺だけが足場として二十メートル程も突き出しており、その足場の門扉に程近い位置には、開閉を許可する為の認証機械が置かれている。

レイスは車を認証機の真横で停止させ、搭乗したまま読取り部にIDを翳す。
数秒後、車の高さの二倍程だけシェッターが持ち上がり通行が可能となる。

レイスが再び車を進める。先にはシェッターと同サイズのトンネル。
五十メートル程進むと、後方でシェッターの降りる音が聞こえる。

左手の甲に落ちた、ナトリウムランプよりは若干色味の薄い暖色の光が、車速に合わせた明滅を繰り返す。
車前より暫く前方以降はまだ照明が点灯しておらず、その先を把握する事は出来ない。

「こっからはずっと直線だから、スピードが出せる」

レイスが言うと、車速がグンと上がる。
サイクルを増したオレンジの明滅は、視界内で強い光刺激となる。

そんな様子をバックミラーで確認したレイスが、シェードをコンソールより出現させる。

「ありがとう」

私と姉の声が重なる。

それを聞いたミラが、僅かに笑う声が聞こえた。

 

 

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